辺りに不穏な空気が漂い始め、窓を打つ雨の音も大きくなる。それは気のせいなんかじゃない。
雨音に混じってひと際大きく、心臓に響くような低い音がした。
「……今なにか窓にぶつかったりした? あれ、気のせいかな」
「雨の音やと思いますよ」
ちょうど窓に背を向けていた麗司さんが異変に気がつき問う。徳兄はすぐに笑い飛ばそうとするものの、その顔は窓の外に釘づけになっていた。
────やつらだ。
窓の向こうにはびっしりと死霊が張りついており、こちら側へ入って来ようと互いを呑み込んでのたうちまわっていた。皆、雨香麗や俺を狙ってる。
朱紗の加護がある俺は絶対に雨香麗の手が離れてしまわないよう、力ない左手を両手で包み込む。
すると雨香麗は勉強机に設えられている引き出しの一番上を指さした。雨香麗を視界に映していた徳兄はすぐ机を開ける。
そこには鍵のかかった箱が入っており、徳兄は静かに麗司さんへ問う。
「これ、開けられたことあります?」
「ああ、それね。僕も開けようとしたことあるんだけど……そもそも、鍵が見つからなくて」
麗司さんは困った顔をしながら「雨香麗に何があったかわかると思ったんだけど」と言った。
きっと、お兄さんなりに雨香麗に寄り添おうとしたんだ。
いまだ、たどたどしい足取りで歩く雨香麗は、ベッドの下を指さす。その手は目に見えてわかるほどに震えていた。