下校する傘の群れの中……──。

 ひと際目立つ、私服の男女がその流れに逆らって豪勢な門をくぐり抜けて行く。




「ねぇねぇ、あの人達誰かな」

「わかんない……けど、男の人ちょっとかっこよくない?」

「それ思った!! 隣の妹さんかなぁ」

「全然似てないね~」




 周りのそんな小声は耳に入っているのかいないのか、男女はそのまま玄関の方へと吸い込まれて行く。その後も広い校内の中を歩く2人を噂する声は絶えない。

 人より背が高く、切れ長の一重の男。左顎にある小さなほくろが印象的で、黒く短い髪はその容貌(ようぼう)に良く似合っている。

 その傍らに寄り添う女は暗い赤毛に癖のある短い髪。前髪にはいくつかのカラフルなピンをつけており、大きくややつり上がった目は気の強そうな印象を受ける。

 あちこちの壁に記載されている校内案内の図を何度も確認しつつ進んでいた2人だが、ふと前を歩く男が立ち止まり、女を振り向いた。




「……どっちやったっけ」




 そんな男を呆れた目で見つめ、女はため息を吐きながら再び案内図の元へと戻る。男は罰が悪そうな顔をして女を追うものの、暫しの沈黙のあと、




「……なにこれ、どうやって読むわけ?」




 そう言って顔をしかめてしまった。

 どちらも図を理解する能力が乏しかったのと、校内の複雑な構造が相まって2人の歩みはその場に留まってしまう。
 途方に暮れた男が腕を組み背後に広がる中庭に顔を向けると、そこにいた部活中と思われる生徒達が目にとまった。




「あ、そうや。オレあの子らに話聞いて来る」

「えっ、ちょ……!」




 途端に踵を返した男を慌てて追うが、女の制止も聞かず男は生徒達に声をかけた。




「なぁ、君ら」




 男が声をかけた途端、辺りには黄色い歓声が響き渡る。




「はぁ、もう……だから止めたのに……」




 生徒達の人波に押し返され、中庭に入ることすら困難な状況下で女は呆れた目を男に向けた。

 男はしばらくその輪の中にいたが情報を掴んだのか、すぐに人波をかき分け中庭から出て来て口を開く。




「こっちやって」




 そう言いながら男は少し強引に女の手を引いて歩き出す。その顔は心なしか怒りを帯びているように見えた。女も男の感情を読み取ったのか、不安そうな表情をする。

 中庭では相も変わらず生徒達の甲高い声が飛び交い、その声を背に2人は足早にその場をあとにした。