「うわぁ……!」




 雨香麗はその光景に感嘆の声を漏らし、俺の手を離れて小走りにそこへ向かった。




「気に入った?」

「うん!!」




 ここは雨の日の方が輝いて見えるかもしれない。

 辺りの木々よりもいっそう大きく太く、まるでこの森の神木のようにどっしりと構える大木を中心に池が広がり、池の周りには小さな花々が咲き誇る。

 白、紫、桃色に青、黄色……様々な色の花の香りを嗅ぐように、雨香麗はかがんでは顔を近づけた。

 辺りにはたくさんの蛍が飛び交い、淡い光で雨香麗や草花を照らす。その表情は今まで見てきた中で一番輝いて見えた。




「その花のこと、教えてあげようか」




 湖の畔に腰かけ、夢中で辺りを見渡す雨香麗に問う。




「詳しいの?」




 駆け足で俺のそばまで来た雨香麗に隣へ座るよう促し、「趣味で植物を育ててるんだ」と答えると雨香麗は意外そうな声を漏らした。




「男の子でもそういうことやったりするんだね」




 そう言って笑う。俺はそれに笑い返しながら「よく言われる」と花のことを説明した。

 ここに咲いているのは誰かが人工的に植えたプリムラという花だということ。俺の名もその花にあやかってつけられたものだということ。




「家の庭にこの花を植えて……俺が産まれた日、紫のプリムラが芽を出したんだ」

「そっか……だから、〝柴〟と〝樹〟で柴樹なんだね」




 そして俺はひとつずつ花言葉も教えていった。




「紫のプリムラは〝信頼〟。赤いプリムラは〝美の秘密〟とか……」




 雨香麗は俺の話をひとつも聞き漏らさないようにしているのか、と思うほど真剣に聞いてくれていた。
 その様子が嬉しくて、そして次第に胸が痛んでいく。溢れそうになる涙を堪えるように一度上を向き、立ち上がった。




「おいで」




 手を差し出して雨香麗を連れたのは、大木の根元にひっそりと咲く、白い花のある場所。




「この花、プリムラ・シネンシスっていうんだ。きっと、しずくに似合う」

「……綺麗」