「……宗徳」




 一家が帰り、自室で着替えていた柴樹は、錫杖(しゃくじょう)を磨く宗徳を振り返る。




「なんや、どうした」




 錫杖(しゃくじょう)を床に置き、宗徳は不思議そうに尋ねた。柴樹は目を伏せてぽつりと呟く。




「雨香麗の記憶がなくなってること、知ってたよね」




 そう断言すれば、宗徳は罰の悪そうな顔をし「ごめん」と項垂れた。

 しかし、紫樹も宗徳を責めたかったわけではない。彼が言い出せなかったのにも理由があると、ちゃんと理解していた。




「でも……ちゃんと、話してほしかったな」




 憂いを帯びた表情をし「ひとりで背負わないでよ」と視線を落とす。

 当時を振り返りながら宗徳は柴樹に謝罪した。言い出そうにも言い出せなかったことや、自分のせいで、という罪悪感。

 けれど柴樹は終始、宗徳を責めるようなことは一切なく、むしろ雨香麗の記憶が消えてしまったことは事故だと言ってくれた。

 命を懸けて守り抜いた自分の想い人が、それまでの記憶をなくしてしまったというのに、それでも紫樹は宗徳を気にする。
 そんな紫樹の言葉に救われたのか、宗徳の顔には安堵が滲んでいた。

 空が茜色に染まる中、縁側に座りながら宗徳は思い出したように言う。




「そういや、今日の神憑。最後の言葉、朱紗様のもんとちゃうやろ」

「……うん。雨香麗に、どうしても伝えたくて」




 照れくさそうに紫樹は笑いながら「ばれちゃったか」と耳を赤くする。宗徳は思わずといった様子で吹き出し、大きな声で笑った。




「たぶん、大丈夫や。オレ以外気づいてへん。でもまさか、お前があんな大胆な告白するなんてなぁ」

「やめてよ」




 いじられて苦笑する紫樹の顔は、満更でもなさそうに見える。

 雲が薄くグラデーションをつくる空には、群れをなして飛ぶ小鳥達が気持ちよさそうに羽ばたいていた。