次の日の午後、私はまた平野くんの家にやって来ていた。
リビングに通され、冷たいお茶を出してくれる。

「ありがとう。」

ソファに座る私たちの間隔は、今日もやっぱり2人分。
これって、心の距離なのかな。
そう考えると、なんだか少し寂しくなる。

「家にいることが多いの?」

私はグラスの氷を揺らしながら尋ねた。

「はい…。」

「家では何してるの?」

「え…えっと、ゲームしたり、寝たり…。」

「そうなんだ。」

若干歯切れの悪い口調の平野くんだが、あまり気にしないことにした。

長居するのも迷惑だし、帰ろうかと思ったとき。

「あの…。高木先生は、英語の担当ですよね?」

「そうだよ。」

「わからない問題があるんです。教えてくれませんか?」

「え?」

「教科書持ってきます!」

興奮気味に言った平野くんは、2階へ駆け上がって行った。
しばらくして戻ってきた彼の手には
英語の教科書と筆記用具が握られていた。
教科書にはいくつも付箋が貼られている。

「ここの問題なんですけど、上手く訳せなくて。」

そう言って付箋の付いたページを開いて見せた。
大事な箇所にはマーカーが引かれている。
前の学校でもほとんど授業には出ていないって聞いてたのに。
まさか学校を休んでいる間、自分1人で勉強を…?
私は驚いてしまった。

「先生?」

「あ、ごめん。ここの問題だよね。ここはね…。」

平野くんは私の解説を頷きながら真剣に聞いている。
その後も他の付箋のページの問題を解いていき、
気づくと2時間ほど経っていた。

「そろそろ終わろうか。」

「でもまだ、授業に全然追いつけてないから。
他の教科もわからないところたくさんあるし。」

「また明日続きをやろう?」

「いいんですか?」

「うん。」

私が笑って言うと、平野くんも笑顔を見せた。
2人分ほどあった私たちの間隔は、いつの間にか埋まっていた。


私は次の日も平野くんの家に来ていた。
でも昨日とは少し違う。
リビングのテーブルには冷たいお茶に加えて、
英語の教科書と筆記用具が用意されていた。

「これ、先生が作ったんですか?」

平野くんは、私が渡した何枚ものプリントを見ながら尋ねた。

「そうだよ。昨日作ったの。
重要点をまとめてみたんだ。手書きで申し訳ないけど。」

「すごくわかりやすいです!」

平野くんが初めて見せてくれた、満面の笑み。
うれしくて、胸が高鳴る。

「じゃあ、昨日の続き始めようか。」

こうして私たちは夏休みの間、
毎日のように2人で勉強をした。
休憩時間には雑談をしたりもした。
行きたい大学があることも打ち明けてくれた。

私の担当教科である英語以外の教科を教えるのは大変だった。
それでも私は必死で教科書を読み込み、
平野くんに教えられるよう、自ら勉強をした。
その甲斐あってか、
日に日に平野くんの心の扉が開かれていくのを感じられて、
私はとても幸せだった。