「唯!唯ってば!」

「え!?」

名前を呼ばれて我に返った。
目の前に座っているのは彰。

「聞いてる?俺の話。」

「あれ?ここどこ?今、何時?」

「どこって、いつもの定食屋じゃん。時間は…12時。」

あ、そうか。
久しぶりに彰と昼休みの時間が合ったから、
会社からほど近い定食屋さんに来てたんだった。

「で、話戻るけど、今夜会えそう?」

「ああ、うん…。」

ぼーっとした頭のまま答えると、彰のスマホが鳴り出した。

「あ、宮本だ。」

「!」

宮本さんの名前に反応した身体がビクンと震えた。
頭の中を、また悪夢が駆け巡る。
嫌な想像ばかりが渦巻いて、手に汗が滲む。

「ごめん、俺、戻らないと。」

「え?」

いつの間にか彰の電話は終わっていたようだ。

「まだ昼休み終わってないよ?」

「なんか、宮本が困ってるみたいでさ。
じゃあ、今夜な。駅の広場で待ち合わせ、忘れるなよ。」

そう言って彰は、慌ただしく店を出て行った。

「…。」

テーブルには彰が注文した日替わり定食が
食べかけの状態で残されている。
その光景がなぜだか、寂しさを掻き立てる。
1人残された私は、すっかり食欲を失ってしまった。


終業後、言われた通り駅の広場に来ていた。
彰は残業ができたらしく、少し遅れると連絡がきた。

「ついに振られるのかな。」

急に今夜会いたいなんて、何かあるとしか思えない。

「ごめん!待たせた!」

程なくして小走りでやってきた彰は、息を切らしている。

「…お疲れさま。」

「今日は定時に帰る予定だったんだけどな。
宮本の仕事手伝ってたら遅くなった。悪い。」

また宮本さんか。
最近は忙しくて彰とデートもできてないし、
私より宮本さんの方が彰と話してる時間長いんじゃないかな。

「店、予約してあるんだ。行こう。」

取られた手を、私は振り解いてしまった。

「今日はやめとく。」

「え?」

私は彰に背を向け、改札の方へと歩き出した。
帰りたかったわけじゃない。
涙を隠したかっただけ。

「待って!じゃあ話だけ聞いて。今日話したいんだ。」

私は思わず立ち止まった。
話?やだよ。別れ話なんて聞きたくない。
悪夢が正夢になってほしくない。
それなのに足が前に進まない。

「唯。」

私は背を向けたまま、彰の言葉を聞いていた。

「結婚しよう。」

いつの間にか逞しい腕が私を包み込んでいた。
彰の手の中には指輪の箱。


今夜から私は、悪夢を見ない。