「よし、これで終わり。良く頑張ったね」

 尾ビレに包帯を巻き終えると、彼は笑顔を浮かべた。痛みはまだあるけれど、布で圧迫したお陰で出血は止まったようだった。

 「それにしても、どうしたんだ。この傷……咬み傷のようだったが」

 「しゃち。さいきん、あばれてる」

 そう。人間の世界に来た理由はそれだった。最近海の生き物達が獰猛になりつつあり、原因を調査する為、私は人魚の住処を離れた。で、一人になった所を狙われたというわけ。

 「帰りは大丈夫なのかい?また鯱に襲わられたら……」

 「だいじょうぶ。いま、あのこたち、いない」

 けがもなおったし!そう自信満々に笑うと、彼は呆れたように溜息をついた。

 「まだ治ってない。……本当は、僕の病院で経過観察したいんだが。君のご家族が心配するだろうし、無理かな」

 そう言って彼は私の頭を撫でた。優しい感覚に惚けた次の瞬間、ゴーンゴーンと何処からか鐘が鳴り響いた。

 「おっと。もう行かないと……それじゃあ、あんまり早く泳がないようにね」

 「うん」

 「もしずっと傷むようだったら、またここにおいで」

 「わかった」

 時間がないのだろう。早口で立ち去ろうとする彼の姿に、私は寂しさを覚えた。そしてある事を思い出す。まだ彼の名前を聞いていない__________

 「ねえ!なまえ、なに?」

 今にも踵を返しそうだった彼に、私は出来る限り大きな声で尋ねた。パチリと目が合うや否や、彼は穏やかな細波のように優しく微笑んだ。

 「エドワード。エドワード・バルトだ」

 医師見習いのね_______エドワードはどこか恥ずかしげに、そう付け足した。

 人間界は違うかもしれないけれど、相手に名乗らせたのならば、自分も名乗るのが礼儀だ。というかまあ、礼儀とかルール以前に、私の名前を彼に知って欲しい。その思いで、私は口を開いた。

 「りりー」

 か細い声は、確かに彼の耳に届いたようだった。エドワードはもう一度あの蕩けるような微笑みを見せて________

 「リリー、綺麗な名前だ」

 鯱に気をつけるんだぞ!彼はそう言い残し、駆け足で浜辺を去っていった。一人きりとなった私に、波が押し寄せる。もうじき満潮だ。

 「……えど、わーど」

 この感情はなんだろう。

 暖かくて、胸が苦しくて、騒がしくて。少しも分からない。けれど、たった一つだけ確信出来ることがある。

 「えどわーど、エドワード、エドワード」

 お医者さん見習いの、エドワード。

___________私はもう一度、貴方に会いたい。