「君、怪我をしているのかい?診せてごらん」

 ジンジンと傷む(尾ビレ)を手で押さえていた私は、頭上から降り注いだ声にギョッとした。顔を上げると、そこには青年がいた。

 ブルネットの柔らかそうな毛に、深海を写したような深い青の瞳。白い肌は差し込む夕焼け色に染まっている。

 端正な顔立ちとスラリとした体躯は、私の頬を熱くした。思わずボーッと見惚れていると、彼は怪訝そうに眉をひそめた。

 「もしかして頭を打ったのか……?」

 「だ……だいじょうぶ!あたま、へいき……」

 私は声を上げた。辿々しい人間の言葉は彼にどう伝わったのだろうか。もしかしたら通じてすらないかもしれない。

 ところがそんな心配は無用だったようで。彼は安心したように唇の端を持ち上げると、おもむろに羽織っていた上着を脱いだ。

 「これを着て。そんな格好じゃ風邪を引いてしまう」

 「ありが……とう?」

 脱ぎ去った上着を手渡されて、私は焦りながら自らの肩に被せた。生まれて初めての毛皮の感触に、おぉ……と感嘆を溢してしまう。

 「じゃあ、診察を始めようか」

 「あっ!」

 不味い!

 そう思った時には既に遅く。彼は岩場の影に隠れていた私の尾っぽを、しっかりと美しい両眼で捉えてしまったようだった。

 恐る恐る見上げると、彼は予想通り、信じられないモノを見た_______と言わんばかりの表情をしていた。ポカンと開けた口が何ともやるせなさを誘ってくる。

 「に、人魚……!?」

 低いけれど穏やかな声が、驚愕の声を上げた。私もソレに呼応するかのように、バッと口を開く。

 「おねがい、ないしょにして、おねがい!おねがい!」

 知っている限りの語彙で何度も"おねがい"と懇願する。決して人間に姿を見せてはいけない______それが人魚の世界での鉄則だ。

 破るつもりなど毛頭なかった。怪我さえしなければ、人間に見つかる事などなかったというのに。後悔の大波が押し寄せる。あぁ……と項垂れた瞬間、隣で彼がひざまついた。

 「すまない。僕は魚を治療した事は無いんだ……何しろ見習いで」

 え?

 予想だにしていなかった言葉に、私は驚いた。彼はそんな私を他所に、持っていた鞄から何やら医療用具のような物を取り出している。

 「つかまえないの?」

 「え?」

 心に浮かんだままを口にすると、彼は不思議そうにこちらを見つめた。

 「にんげんは……わたしたち、つかまえる」

________わたしたちのこと、きらってるから。

 その言葉を聞いて何を思ったのだろうか。彼は大きく目を見開くや否や、違う!と叫んだ。

 「そんな酷い事するわけないだろう!君の治療が終わったら、君は自由だ」

 真剣な表情で彼は言った。そして、こう告げた。

 「人魚も人間も関係ない。目の前で傷付いている生き物は皆、僕の患者だ」