それでも、恋



そして、すぐさま申し訳なく思った。

一条くんが、こんこんと自分のノートの下線が引かれたところを人差し指で触れてくれたのを見つけたからだ。


〝x=3、y=2〟


その答えを一瞬で脳内に記憶させながら、わたしは黒板に向かう。お礼は後でいいや。

エックスイコールさん!ワイイコールに!忘れないように、チョークを持つまで頭の中でひたすら復唱する。


それにしても、一条くんって、指先まで綺麗だったなあ。



緑の黒板に、白いチョークを滑らせる。先生みたいに上手く書けなくて、ノートよりも字が下手くそになった。くやしい。

だけど、よれよれになった黒板の〝x=3、y=2〟に高梨先生が赤い色で大きな丸をつけてくれたから。それだけで、もう、すっかりうれしくなった。


「宇田さんはしっかり復習できていて、すばらしいですね」


しかも、にっこり笑って褒めてもらっちゃった。同級生にはできっこない余裕のある微笑を見たら、軽率にハートがきゅんとかわいい音を鳴らす。

わたしが数学で褒められるなんて、珍しい出来事だ。猫が「わん」って鳴くのと同じくらい珍し———くはないか。それはさすがにあり得ない。

高梨先生に頭を下げて、ふわふわと夢心地でいちばん後ろの席に戻った。

席と席の間を歩くと、両側から「宇田さんあんな難しいの答えられてすごーい」って尊敬の眼差しを感じる。ような気がしちゃうくらいに、浮かれている。