わたしと一条くんの乗る電車は別々だ。
改札を抜けたら、もうサヨナラの時間。

でも、あしたも会える。また、すぐに会える。
それを知っているわたしたちは、いつもなら、あっさりと手を振って別れるだけだ。

当たり前だけど別れのハグもしないし、ホームで見送ったりしてくれないし。ていうか、してほしくもないし。

だから、わたしは「じゃあ、またあした」といつも通りを装ってみたのだけど。


「宇田さん」


言い忘れていたことがあるみたいに、透き通る声がわたしを呼ぶ。

白髪の女子高生と美形の男子高校生という組み合わせは、だいぶ気になる存在らしい。駅を利用する大人たちの遠慮がちな視線が、薄く纏わりついてくる。

わたしのせいで、こんなに見られてる。なんだか申し訳なく思って一条くんの表情をうかがうと、彼はそんなの気付いてないってくらいに、わたしだけを瞳に映していた。

そして、あまい声を灰色の空気に溶かす。


「こんどまた、ふたりで帰ろうね」


それだけで、大きく音を鳴らすのだから、わたしのハートは今日も元気だ。動揺を隠せないわたしに、彼はくすりと小さく笑った。


「上書きできた?」

「うわがき?」

「そ、一条くんとのお喋り」


わたしたちの話を、きいていたのだろうか。いや別に、聞かれちゃダメなやつ、ではないのだけど。やましいこと、ではないのだけど。

わたしは、じぶんの良くない思考を口に出すことはしなかった。良くないことだと、わかっていたからだ。

ずるい人間だから、黙って頷いた。


上書きなんて、とっくにできてる。折口くんとの会話は、ほとんどがふわふわ、晴れの日に流れる雲みたいなかんじだ。

だからこそ。熱を持ったあのひとことが、あたまの裏側から消えてくれないのだけど。


「おうち帰るまで、俺と話したことばっかり思い出していればいいよ」


これが駆け引きなのだとしたら、彼はその道のプロだ。一条くんの言葉によって折口くんを向いた意識が、また彼によって引き戻される。