紫音がそんなネット上の噂を知っているか定かではないが、渚にとっては夢心地なもの。
渚は頬を染めて、小さく頷いた。
「はい……」
紫音様が、頭を撫でてくれた……
こんなの余計に演技ができなくなっちゃう……
握手をしてもらって、名前を呼ばれただけでも、憧れが強すぎておかしくなるのに……
どうしよう……
ちゃんと演技ができるのかなぁ……
少し困惑気味の渚を見た紫音は、大きな声で監督に言った。
「監督っ!!すいません。トイレに行きたいので、5分だけ時間をください」
紫音はさりげなく渚にハンカチを渡して、暗闇の中でウインクした。
紫音様は……
私に時間をくれるために……?
スマート過ぎるっ!!
ヤバすぎないっ!?
紫音のハンカチをじっと見つめた渚は、涙を拭って笑顔を見せた。
よしっ!!
紫音様の期待に答えなきゃっ!!
でもなんだろう……
胸の奥が変っていうか……
そんなのダメに決まってるよぉ……
渚は紫音のスマートな優しさに、恋をしてしまったのだ。
どれだけ背伸びしても、全く届かない距離にいる紫音を好きになっても、叶わない恋。
頭の中では、わかっているのに。
それから5分後。
紫音の魔法にかかった渚は、演技をしっかりとやり遂げることができたのだった。