「ワザとか」
「はは! 当たり!」
「何してるんだ、お前!」
「いや、戦場で何してるかって、愚問もいいとこだね」
「どうしてここに」
「戻されたの……俺だって日がな一日部屋にこもってたいわ」
「命を受けたのか」
「終わらせろってね……誰かさんが居なくなったから、その代わりじゃね?」
「おい、ビクター言い過ぎだ」
「ホント、こんなとこで出会すとはねぇ……奇遇!」
「殺す気のやつ放っといて、よく言う」
「余裕で散らしといて、よく言う」
「構わないでよ……」
「俺、早く帰りたいの!」
「私もだよ!」
「手伝いに来たんだろ?」
「違う!」
「待ってるよ?」

それだけ言うとにこにことまた手を振って、ビクターはその場から姿を消した。

マリオンは唸りながら何もなくなった場所を睨んでいる。

「どいつもこいつも……勝手なことばかり」
「マリオン?」
「頭きた!!」
「落ち着こう、な?」
「ちょっとここで待ってて!」
「ダメだ!! 要相談!!」
「付いてくるのは却下! あっちが前線、ビクターがいるからそこで待機!」
「マリオンはどこ……」
「頭を取りに行ってくる」
「待て、マ…………あーーーー!! なんだよ!! くそ!!」

転移で居なくなった辺りの空気を虚しく掴んで、力任せにかき混ぜる。

腹立ち紛れに力一杯で前線に向かって走った。
当然そこにマリオンは居ない。
混乱しているかと思えばそんなことはなく、陣内は静かなもので、すぐにビクターは見つかった。

「あれ? 何であんただけ?」
「将の首を取りに行ったぞ」
「ははは!! ウケる!!」
「笑い事じゃないぞ」
「いやぁ……あ! 帰る支度しよ!」

小さな天幕の中はごちゃごちゃとしたものだらけ。それらを手近にある木箱の中に、なにひとつ構わずに放り入れていく。

「ビクター……」
「うーん? なーにー?」
「なにか、静か過ぎないか?」
「そうか? こんなもんだよ。……前は確かにもっと喧しかったけどね」

最近けが人も死人も少ないし、今休戦の時間だしとビクターは事もな気に言う。

騎士も兵士も次のために体を休めているのは、静かながら多くの人の気配を感じていたので窺い知れた。
昼夜を問わずのべつ幕なしに騒動が起こっていたのは、カイルのいたこの戦場の外、領の境界に急ごしらえで出来上がった町の方だった。

「漫然としちゃってるよね……使命ってよりは惰性って感じになってる」

ほんと無意味だよね、とビクターはへらりと笑う。

「それにしても、休戦の時間とは言え隣国に行くなんて……何考えてんだ」
「んーまぁ、あっちの魔術防壁なんてザルだから、あいつ余裕で抜けられるし?」
「そういう問題か?」
「この時間じゃないとまともに話もできないしね」
「は……なし?」
「やり合った感じだと、前からの知り合い何人かいたし……俺まだ顔は見て無いけど」
「知り合い?」
「あれ、聞いてない? あいつ前の時もあっちの大将首取りに行って、なんでか祭りに参加して帰ってきた」
「祭りに参加?」
「祝祭だな……その日は向こうは三日間が祭りでさ。休んでたから、こっちも休みだったんだよね。そん時に知り合いできたって……俺もその後一緒に遊びに行ったりしたし」
「………………すまん、話について行けん」

あんたら真面目だもんねぇとビクターはにやにやしていた。




夜が深くなって、満ちた潮が引きかける時間になってやっと、マリオンがビクターの天幕にやってくる。

手には大将首ではなく、手紙が括り付けられた酒瓶を抱えていた。

「終わった、帰ろう」
「無事なんだな?」
「ご覧の通り」
「何て伝えたの?」
「戦勝報告しに行けって」
「降伏したのか?」
「……違う……そもそも先にこっちだって勝った勝った言ってたでしょ」
「……ああ……まあ」
「止める時機が分からないなら、今がそうだって言ってきた」

マリオンは抱えていた酒瓶をビクターに突きつける。

「はい。うちの将に持ってって話をして」
「……なにこれ」
「腹を割って話をする時には一緒に飲むもんなんだって」
「将同士でか」
「永世休戦協定を打診された」
「はは……そりゃ……上層が何て言うかな」
「勝ったんでしょ?」
「まぁそうか」
「イヤならお前が剣を持てって言ってやれ」
「それ前に言った……めんどくさいヤツはこっちに転移させてやろ」
「面白い、そうすれば?」
「ありがとうマリオン」
「もう帰る」
「うん……じゃあまた」
「はいはい」
「カイルうるさいから早く連れて帰って」
「喋ってたのほとんどお前だろ」
「もう存在がうるさい」
「なんだ魔術師はこんなのばっかりか!」

この先にどうなるかはビクターの頑張り次第、上層や国王陛下の心がけ次第。

散々な程に人と金を投じて、良きにはからえと放置だった場所だ。内部は自らの権力を振るうのに大忙し、勝利に拘るだけで戦場に関心なんてひとつもない。

それは王城にいたカイルもマリオンも充分に了知していた。

それもなにも、ふたりはもう口出しできない立場なのだが。




真っ暗な海岸沿いをふたりは手を繋いで歩いていた。

風はなく、穏やかな波音を聞きながら、対岸の灯りに目を向ける。
明るいうちに見た時よりも、対岸は近い気がした。

「はは!…………無茶苦茶だな……なんだこれ」
「面白い?」
「酷過ぎて笑える」
「まあね」
「こんな酷い場所にマリオンは何年も」
「あぁぁ……むし返すかなぁ?」
「どうして向こう側に行こうと?」
「え? 腹が立って」
「なのに祭りを楽しんだのか?」
「んん? ビクターに聞いた?」
「ビクターも楽しかったって顔してたぞ」

あちらの国で神の使いと言われる聖人が生まれた祭日だったとマリオンは言う。


その日の朝は開戦の合図が無かった。
隣国に詳しい誰かが、この三日は誰も働かないのだと教えてくれた。
マリオンは歩哨として海岸に出ていたが、とはいえ何も無いと聞いていたので、座ってぼんやりと海を眺めるしかない。


「楽しそうだった……音楽が聞こえてきて、祝砲とか上がって…………それ見てるうちにだんだん」
「腹が立った?」
「私は何してるんだろうって」
「…………だな」
「馬鹿らしくなって……その前は何日もまともに寝られなかったし、汚れてぼろぼろで臭いし……向こうもそれは同じはずなのに、何が祭りだって」
「で終わらせようって、いきなり大将首か?」
「行ってみたらお祭り楽しかった」
「なんだよかわいいかよ!」

むぎゅむぎゅに抱きしめて、マリオンと対岸を見る。

「……あの国には神様がひとりいて、その使いは七人いて、それぞれの聖人が生まれた日は祭りなんだって」
「へぇ……国の全員で祝うのか?」
「うん……お祝いのために頑張って三日分働いて、祭りの間はみんなただただ楽しく過ごすんだって」
「ああそりゃ…………国中そうなら楽しむしかないな」
「その日は敵だって関係ないって」
「……そうか」
「考え方が違いすぎて……」
「だな……」
「何か…………その時に」
「うん?」
「もっと色々知りたいって……見てたら楽しくなって」
「………………マリオン」
「うん?」
「ほらみろ、空っぽじゃない」
「ええ?」
「ちゃんとあるじゃないか」

不可解そうな顔で眼をぱちぱち瞬いているマリオンに、カイルはにやりとする。

「行くか?」
「あ、帰る?」
「色んな国……行ったことない場所……行ってみるか!」
「は?…………そんな……何言ってるの?」
「やってみたいことあるんだ、俺。遠い異国の話を聞いて、本当かどうか行って確かめたいって思ってた」
「そんな……子どもの夢みたいな」
「あ! まさしく! 子どもの時に考えてたぞ!」
「カイル……」
「お前ならどこにだって行ける……俺もついて行けるように努力する……行こう、色々しよう、ふたりで」

ゆったりと動いたマリオンの手が、自分の胸の上を押さえている。

「……わぁ…………胸が苦しい」
「ものすごいどくどくいってるな」

背中にあるカイルの手がぐっと心臓の辺りを押さえて、その響きを確かめている。

「ちょうど良かったな。今ならマリオンも俺も、気にするものが何も無いぞ?」
「…………それは……」
「とりあえずあっち側行くか? 良さそうな方に行ってみて、その途中で、俺の行きたいところに寄ってくれ?」
「カ…………カイル?」
「うん?」
「仮にも一時は王に仕えると決めた……騎士が……国を捨てるなんて」
「しがみつく価値があればな……あるか?」
「…………無い」
「俺もそう思う…………どうしたマリオン。大魔女様の再来が怖気づいたか?」

呆けたようなマリオンの顔がゆっくりと交戦的に、不敵な笑みに変わっていく。

頬をむにむにと摘んで、カイルは口付ける。

「……俺その顔大好き」
「私そのうっとりした顔好きじゃない」
「は?! 何だよ」
「うん……こっちの怒った顔の方が好き」
「…………うわ……やば……押し倒しそう」
「こんなとこで?」
「……じゃあ、ちょっと……すぐ帰って、部屋の中で」
「いや、それはダメ」
「なんだよ?!」
「純潔じゃなくなったら、魔力が安定しなくなる……どこにも行けなくなるから、我慢して」
「嘘だろ、おい」
「しばらく我慢して」
「…………くそ。じゃあ、ガマンする代わりに妻になってくれ!」
「何その交換条件」
「約束が欲しい」
「そういうの必要?」
「マリオンを縛れるのはマリオンだけだろ?」
「うん」
「だから自分で自分を縛ってくれ……俺にじゃなくていい。自分に誓ってくれ……俺だけだって」
「……上手いこと言いくるめようとしてない?」
「お前のおかげで口がよく回るようになった」
「…………寡黙な人だと思ってたのに」
「嫌われまいと必死だったんだよ」
「今の方が分かりやすくて助かるけど」
「俺も……ですます言ってない方が近くにいる気がして良いな」
「気がする? 身体は実際近くにあるよ」

心はと口に出そうになって、カイルはそれを飲み込むと苦く笑う。

以前ならどう足掻いても聞けなかった言葉だ。にべもなく切り捨てられなかっただけでも凄まじい進歩を遂げた。

マリオンの髪を指で梳いて、頬を撫でる。

機嫌良さそうに目を細めているマリオンに口付けをした。

「……だと良いけどな……夫だ妻だって形に拘るのももういいか。……俺はお前だけ、お前は俺だけ……これで手を打つのはどうだ?」
「…………一度持ち帰って検討しましょう」
「…………仕様がない、お願いする」
「とりあえず今日のところはマーレイに帰ろ? 疲れた……もう眠たいし」
「うん…………一緒に寝るか?」
「ははは……徒労ってこういう時の為の言葉だね」
「信用が足りないな」
「カイル連れて転移したら間違いなく起きてられない……身の危険を感じる……置いて帰ろうかな」
「おい、俺の理性舐めるなよ?」





それからは根雪が消えて、黄緑色の若葉が地面を覆い尽くすまではマーレイの屋敷で過ごした。

何故もなにもカイルの理性がしばらくしか保たなかったが為に、マリオンの魔力が安定するまで足止めを食らう形になったからだ。

その間カイルはふたりの先生から毎日厳しい指導を受けて、なんとかマリオンの補佐として役に立つまでに鍛え上げられた。
結果的には旅に出るまで、充分な準備期間が持てたので良しということになる。

国は隣国との戦に関して、打診されていた休戦協定を受け入れる準備を始めたと話に聞いた。
やりかけだった死者との対話も、マリオンは全て心置きなく済ませ、件の前線であった場所には、ぽろぽろと噂を聞いた領民が戻り始めている。



旅は思ったほど長くは続かなかった。

ふたりは気に入った国に居つくことに決め、そこでも分かりやすく活躍し、すぐに立場を確立した。

カイルが少年の頃、行ってみたいと夢を膨らませていた国だった。




数年後、遠い国の噂話を耳にする。

故国が無くなったと聞いても、さもあらんとふたりは眉の端を下げて、顔を見合わせるだけだった。

ただ心配な人たちはいたので手紙は送った。
故郷のみなは無事で、なんとか誰も欠けずに今も彼の地で元気にやっているらしい。

ジュリエットの意志はいつまでも変わらず存在し、それは遠く離れたマリオンとカイルの中にも永く永く在り続けた。




その後のふたりの関係は、宮廷にいた頃、風聞にあった時と同じ。
騎士と魔術師の熱愛、隔たりを超えた恋物語は、国が変わろうが噂は変わらず取り沙汰された。

夫だ妻だと、形には確かに拘らなかったが、騎士の方はいつまでも魔術師を最愛だと言って憚らなかったし、魔術師の方も騎士の言うことに同意していた。



第二の故国となった場所でもそれなりに面倒は起こった。だが乗り越える術を持ったふたりには些細なことだった。

いつの頃からか役名の前に『大陸一』と付くのにそれほど時間はかからなかった。

何かと国や王に重用されることもあったが、面倒を避ける為、ふたりは故郷に良く似た場所に好んで身を置く。

剣呑な隣国との境目、人が行くのを躊躇うような辺境、一年のほとんどが雪に囲まれる場所に立派な館を構える。



ふたりはそこで時々けんかをしながら、それなりに仲睦まじく一緒の時を過ごした。




お互いにお互いだけだと自分自身に誓って。