「あ、でも、そろそろ時間大丈夫ですか? 後はどうにか一人でも……」


そう言ってくれたが、まだ一人では難しそうだ。
ジェイダも自分でそう思ったのだろう、語尾は掠れて消えていく。


「客のいない宿のことは、気にしなくても大丈夫。またやり直しになるのも嫌だろ。生地が傷むし」

「……すみません」


しゅんとする彼女に苦笑して、ハナは立ち上がった。


「さて、お嬢さんも疲れたんじゃないかい? 休憩にしようか」

「なら、私が! 」


ジェイダが申し出てくれたが、彼女の指先には絆創膏。
どうやら、目を離した隙にまた針で刺したらしい。


「いいよ。それより、休憩がてら話に付き合っておくれ。年寄りの長話になるかもしれないけどね」


あれは、いつのことだったか。
……なんて、何を自分にとぼけてみせるのだろう。本当は、今でも鮮明に覚えている。

あの曲者を装った、ひねくれ者になりきれない可愛い子。
そんな彼――アルバートと出会った時、折しもハナも精神的に弱っていたのだ。


「ハナさんも、子供の頃のロイを知ってるんでしたね。聞ける範囲でいいので、是非」


好きなひとの子供時代。
まるで、いけない内緒話をしているようでドキドキする。
僅かに頬を紅潮させるジェイダが微笑ましい。


(そうさね、話せるところだけ)


だから、自らの辛気くさい話はこの胸に秘めて。
この心の中だけで、振り返るとしよう。
今なら、彼らと一緒ならようやく――それも痛まない気がするのだ。