何がいけなかったのだろうか。
 着替えながら思考を巡らせて見たけれど、何も思い浮かばない。同じ(てつ)は、踏んでいないはずだ。

「…………さん、」
「……」
煌明(こうめい)さん」
「っ、」

 思考からの波から意識が浮上する。
 ぱちり、ゆっくりと瞬きをして「お口に合いませんでしたか?」と対面する妻は問う。
 左手に持っている箸も、右手に持っている茶碗も、(くう)に浮いたまま微動だにしていなかったからだろう。もしゃり、無意識に、口の中にあるものを噛み潰した。

「そん、な、ことは、ない」

 声が、上擦る。
 本音を言えば、考え事をしながら食べていたせいで、全く彼女の料理を味わえていなかった。
 よく、小説やドラマの中で、料理の味がしなかった、だの、しなくなった、だとかの言い回しを聞くが、現実でそのような現象が起ころうとは、己はまだまだ未熟者だということなのだろう。
 それほど近くはない未来だが、いずれは八重樫(やえがし)の名を僕は継がねばならない。動揺や戸惑いを(おもて)には出さないようにと常日頃から気を付けてきたというのに、こと彼女が関わると、途端にダメになってしまうのは永遠の課題かもしれないな。

「もしかして、お身体の具合がよくないのですか?」

 なんて、またしても思考と意識が横路へと逸れてしまい、彼女の心配そうな声で、ようやく戻ってこれた。