通常時であれば、彼に睨まれるのは普通に怖い。
 彼は元々、愛想のいい方ではないし、目付きもどちらかといえば鋭いので良くはない。
 しかし今は、強がっているように見えるそれが可愛く思えた。

「……先々週の金曜日、連れ込んでいただろ」
「……せん、せん、しゅう」

 依然として手は掴まれたまま彼の言葉をオウム返しすれば、思い浮かんだのは同僚の顔。

「っちが! あれは!」
「……何が、違うんだ。帰ってこない君の様子を見に行かせた秘書が嘘をついているとでも?」
「いえ嘘ではないですけど……あれは、私が忘れた書類を届けてくれた同僚です」
「……」
「週明けが提出期限だったので、わざわざ持って来てくれたんです。確かに、家には上げましたけど……今、煌明さんも飲んでいるコーヒーをお礼に飲んでもらって、彼は帰りましたよ」

 時間にして三十分ほどだったあの日のことを、視線をそらさずに話せば、彼は眉間のシワを伸ばして、コーヒーへと視線を落とした。
 かと思えば、すす、とそれを横へとスライドさせた。

「……分かった」
「え」
「ただの同僚、なら、いい」

 なら、いい。
 そう言ったわりには、そういう表情(かお)を微塵もしていないように思えるのは、私だけだろうか。
 まぁ、確かに掘り下げられても「本当です」とか「嘘じゃありません」とかを言うしかなくなるのから、嘘でもそう言ってもらえた方が私としては助かるけれど。