叫ばれて、目を見開いた。
 その次の瞬間には、ぐすぐすと涙声になっていく彼の声に驚いて、言葉を失った。

「……や、だ……嫌だ……他の、男の、とこになんか、行くな、」

 情報過多の脳みそへ追い討ちをかけるように、テーブルの上でマグカップを握っていた私の手を上から握る、ひと回り以上も大きい彼の手。その手が震えていることに気付いて、さらなる混乱と困惑が低スペックな脳みそを襲う。
 ゆっくりと、大きく息を吸って。ゆっくりと、少しずつ息を吐く。そうして己を落ち着かせて、とりあえず、彼が吐き出した言葉を覚えている限りで順に追っていこうと決めた。
 よし、そうしよう。

「えっと、」
「……」
「いくつか聞きたいことはあるんですけど、とりあえず、あの男、って、誰ですか?」

 別れたいのか。
 その問いについては、できるならば、と今までの私ならば答えていただろう。けれど今は、どうにも答えられそうにない。なので、それは一旦おいておくとして、その次に出されたあの男なるものについて問いかけてみた。

「……とぼけるなよ、」

 刹那、赤みを帯びた焦げ茶色の瞳が、私をぎろりと睨んだ。