ホラーは別に苦手ではない。
 しかし、我が身に起こるとなれば、話しは別だ。

「…………だったら、」
「え」
「だったら、何故、帰ってこないんだ」

 お祓い、考えた方がいいのかな。
 なんて思っていれば、テーブルを挟んだ先で座っている彼が言いそうもないセリフが、彼の唇によって形成され、音となる。

「……何故、と言われましても」
「……」
「これ、という理由は、ないのですが……まぁ、あの、私達が同じ家で住む意味が、あまりないような気がしまして」
「……」
「決め手は、その、子供のことについて話したときですが……常々、考えては、いました。思い立ったので行動を起こした結果が、現在(いま)です」
「……何も、聞いてないぞ」
「家を出ることに関しては言おうとしましたよ。ですが、二度とするなとおっしゃられましたので、」
「っ、な、あの、時か、」
「はい」
「……っ」

 くしゃり。
 投げ掛けられた問いに答えれば、普段はほんの少しだけだった眉間のシワが深くなって、彼の唇端が下へと向いて歪む。
 自分で話を断ち切った覚えがあるからだろう。忌ま忌ましそうな表情(かお)で、ジ、と美味しくもないコーヒーを見つめている。

「…………に、」
「え?」
「っ、そん、なに、僕と、別れたいのか、」

 かと思えば、音を吐き出しながら顔ごと持ち上がる、彼の視線。

「……え……?」

 ばちりとぶつかった、互いのそれの先には、ゆらりと揺れた焦げ茶色の瞳。

「あ、あの、」
「っそんなに!」
「っえ」

 まるで、泣く寸前。
 一体、どうしたのか。そう尋ねようとするも、己より先に口を開いた彼によって、言葉はひゅるっと喉の奥へと引っ込んでしまった。