沈黙は、苦ではない。
 しかしそれは、普段ならば、だ。

「……え、と、あが……りま、す……?」

 視線を向けられたままの無言、(ゆえ)の沈黙は、どうにも居心地が悪い。
 堪えきれず、とりあえず中に入るかと問えば、それに関しては素直にこくりと頷かれた。
 あが、るのか。
 心のどこかで、「いや、ここでいい」と用件だけを吐き出してさっさっと帰る彼を想像していただけに、たらりと嫌な汗をかく。とはいえ、自分から言い出したのだから「立ち話でよくないですか?」とは言えない。

「ど、どうぞ、」

 鍵を開け、不承不承、彼を中へと招き入れる。

「こ、煌明さん……?」

 スリッパを出して、「どうぞお使いください」の意を示す。けれども彼は、ピカピカの革靴を脱ぐ代わりにアパートに備え付けられた靴箱の扉を開けた。

「……あ、の、」

 黒いスタンダードなスニーカーと、ヒールのない黒いサンダル。その二足しか入っていない靴箱の中を、数秒見つめて、彼は無言のまま、そっと扉を閉じる。
 いやさすがにそれは不躾なのでは? あなた、そういうことするような人でしたか?
 そう思ったけれど、「主人はこういう人なんです」と胸を張って言えるほど私は彼のことを知らない。この四年間で知れた彼に関することといえば、和食が好きなことと、夜の営みは一晩で二回までで避妊は絶対するということぐらいだ。

「……あがらせて、もらう」
「え、あ、はい」

 文句という名の言葉は、ごくりと飲み込んだ。