上海の雨は、哀しい。
暖房の効かないバスに揺られて思う。
つつつ、窓に付いた水滴を指で撫ぜる。指先が少し、黒くなる。
それだけこのバスの窓は磨かれて無いって事だ。
窓の桟の間には誰かが無理矢理押し込んだお菓子のセロファンがひらひら揺れている。良く見ると、旺旺仙貝と書いてある。ぱりぱりと薄い、少し切なく甘いお煎餅の包み。
手をコートのポケットに入れる。吐く息は白く、2元払ってでも暖房のあるバスにすれば良かったと後悔した。
日本と比べ、運転の荒いタクシーがバスの前後を行き来する。まるで小判鮫のよう。

グレーの空に続くように高く聳え建つ摩天楼。
ここは、上海。
欲望と喧騒と人々の夢が行き交う街。
高度成長期で発展し、 道行く人が皆野望や希望を抱き、これから更に変わり行く上海に胸踊らせそわそわしているよう。
今日も街のどこかで何かがはじまり、終わる。
造られ、壊され。
活気があるぶん、落差、特に貧富の差は街の至る所で目にすることが出来る。
はではでしい広告、煌びやかなネオン、うわっとした熱気。
表だった上海は明るく、派手で、人の心を揺さ振る何か、がある。
だが…。私は思う。その裏で何が起きているのか、と。一歩踏み込めば泥沼のように、ずぶりずぶりと黒い世界に引き込まれる、そんな恐さも垣間見え、カラダが私を押し留める。
夜の蝶、眠らない街、客引き、どろりとした目を持ちこちらを見てにやつく亡者、亡霊のよう。
私は恐くなり、ぎゅっ、と強く目をつむり、頭を抱える。妄想に負けないよう、自分の闇に負けないよう、強く頭を振る。