「だから、なにがあったのかは知らないけどさ、伝えたいことは、伝えられるうちに伝えておいた方がいい。案外向こうも、それを望んでいるかもしれないしな」
「なん、で……」
「ん?」
「なんで、そこまでしてくれるの……?」
生徒の大半は、わざわざ教科書を家に持って帰ったりしない。今日は生物の宿題は出ていないし、テスト期間でもない。
彼は、私にこれを言うためにここに戻ってきたのだ。
「そんなの、決まってるだろ?」
小さな針を持った手元が、細かく震えている。
「俺はお前に背中を押された。次は、俺がお前の背中を押す番だ」
あんまり遅くまで残るなよ。最後にそれだけ言い残して、篠原は教室から出ていった。
誰もいない教室で、ぽつり呟く。
「あいつ、凄いいい奴じゃん……」
最終下校時刻直前に学校を出て、一人暗い帰り道を歩いていると、引き留められるように地面が揺らいだ。
伝えたいことは、伝えられるうちに伝えておいた方がいい、か。
伝えたい想い。伝えたい言葉。
それを届けるための一歩、たった一歩を踏み出すための勇気が、私にはない。
ポケットからスマホを取り出して、渚の番号を選ぶ。
指先ひとつで踏み出そうとした一歩は、境界線を超えることなく戻された。
……いくじなし。
どこかでオレンジ色の花を咲かせているのか、ふくよかな懐かしい香りが辺りに満ちていて、それが余計に切なさを助長させる、文化祭一週間前のことだった。
「なん、で……」
「ん?」
「なんで、そこまでしてくれるの……?」
生徒の大半は、わざわざ教科書を家に持って帰ったりしない。今日は生物の宿題は出ていないし、テスト期間でもない。
彼は、私にこれを言うためにここに戻ってきたのだ。
「そんなの、決まってるだろ?」
小さな針を持った手元が、細かく震えている。
「俺はお前に背中を押された。次は、俺がお前の背中を押す番だ」
あんまり遅くまで残るなよ。最後にそれだけ言い残して、篠原は教室から出ていった。
誰もいない教室で、ぽつり呟く。
「あいつ、凄いいい奴じゃん……」
最終下校時刻直前に学校を出て、一人暗い帰り道を歩いていると、引き留められるように地面が揺らいだ。
伝えたいことは、伝えられるうちに伝えておいた方がいい、か。
伝えたい想い。伝えたい言葉。
それを届けるための一歩、たった一歩を踏み出すための勇気が、私にはない。
ポケットからスマホを取り出して、渚の番号を選ぶ。
指先ひとつで踏み出そうとした一歩は、境界線を超えることなく戻された。
……いくじなし。
どこかでオレンジ色の花を咲かせているのか、ふくよかな懐かしい香りが辺りに満ちていて、それが余計に切なさを助長させる、文化祭一週間前のことだった。

