午後の授業が終わり、仮入部にも興味がない私は、早々に帰り支度を始める。いつもより若干早足で、学校から出て家路を急いだ。


私の住むこの街は都市部から少し離れていて、その代わりに季節の移ろいが目に見えて感じ取れる。

郊外とはいえアクセスもいいし、駅周辺には小洒落たお店が並んでいる。電車で隣街まで行けば、ショッピングモールだってある。


けれど、どんなに美しい景色にも、心は動かされなかった。


例えるなら、自分が所属していない部活動が全国大会で優勝したときのような気持ちに似ている。凄いなぁとは思いつつ、内心はひどく冷静で。


でも今は違う。アスファルトに咲く明朗なたんぽぽも、花壇を飾る菫の落ち着いた薄紫も、ちゃんと心から綺麗だと思える。穏やかに流れるそよ風も心地いい。


「ただいま」

玄関の扉を開けて、久しぶりにそう言ってみた。家の中には誰もいないので、おかえりの声は返ってこない。


私の母は、小学四年生のときに出て行った。福岡に単身赴任している上に放任主義者な父親は、あまり家に帰ってこない。実質、私はこの家に一人で住んでいる。

ネグレクトに近いような気がしないでもないけれど、今はそんなことよりも、他に考えることがある。


勿論、昼休みのことだ。

どうしてあのとき、枯れてしまった色が再び芽吹いたのだろう。どうしてあのとき、彼はほとんど他人の私に、あんなことをしたのだろう。

どうしてあのとき、私は泣きそうになったんだろう。


首を捻っても答えは出ない。

だけど、今まで胸の内に溜まっていたどろどろとしたものが薄れて、その代わりに淡いけれど優しい、大切にしないといけないようなものが心に宿ったことに気づいた。


それがなんなのかはわからない。ただ、それが桜の花びらみたいに私の心に振り積もってくれたなら、そうしたら、いつかは心から泣いて笑える日が来るのかな。

柄にもなく、そんなことを思ってしまった。