ふわりと舞う、可憐な色合いの花びら。

柔らかな感触が、そっと頬を撫でた。


突然のことに、頭が上手く働かない。



「ね、綺麗でしょ」



広げられた手のひらから、春の欠片が踊るようにこぼれ落ちる。

得意気に笑っている、桜の花びらを降らせた張本人を見上げる。

突然の出来事にまだ混乱を隠せない頭で辛うじて、その姿を視界に宿した。

そこにいたのは、入学式で道案内を頼んだ人だ。えっと、名前は確か。



「神崎、渚?」

「正解」


あれから一度も話しかけてこなかった上に席も離れていたので、すっかり存在を忘れていた。

未だに得意気な顔を保つ彼をよそに、私は呆然と宙を見上げる。


そこには、今までとは同じようで違う世界が広がっていた。


淡く優しい水色の空、うららかに照らす陽の光、若草の甘い匂いを運ぶ風、微かに残る卵焼きの味。



涙が出そうだった。


それは、私が今までずっと失っていたもの。もう戻ってこないと思っていたもの。この手からこぼれ落ちたまま、ずっと拾えなかったもの。


それが、桜の花びらとなって私に降りそそいできた。


信じられなかった。夢みたいだった。だけど全部本物で、夢ではない現実の話。


どうやって教室に戻ったかは、どうしても思い出せなかった。