あれは、確か十年前くらいのこと。


小さな離島の、古ぼけた教会裏。

蔦に飾られた壁に背中を預けて、名前も知らない男の子と沢山の話をした。


愛情と承認欲求に飢え、がむしゃらに前を見て走り続けていた日々とは違う。ささやかだけど愛おしい、幸せという名の美しさを持っている記憶。


たったたった三日間の儚い交流が、私にとってなによりの幸福だった。


そしてその幸福が終わろうとしたとき、どうしようもない寂しさに襲われて、彼の前で思いっきり泣きじゃくったんだっけ。


ーーどうして君は泣いてるの?

ーー悲しいの。貴方とお別れしなきゃいけないから。


本当は少し期待してた。

あなたが私の手を取って、私とずっと一緒にいると誓ってくれることを。

だけど私の手がその手に包まれることはなくて、でも、その代わりに小さな小指を差し出された。



ーーじゃあ、僕とひとつ約束しようか。



首を傾げると、男の子は意味あり気に口を開いた。


ーーどう? これでもう悲しくない?


私は無邪気にうんと頷いて、男の子の小指にそっと自分の小指を絡めた。


そのとき言われた言葉が何年経っても忘れられない私は、ずっとずっとその約束が叶うのを待ち続けていた。


僅かな希望の中で、確かに大きくなっていく不安に気づかないふりをして、泥だらけの世界で息をした。


あるとき母が出て行ってからは、あの男の子もこんな風に私を見捨てたらどうしよう。そもそも、向こうはそんな約束はとっくの昔に忘れているかもしれないと、角砂糖ひとつ分にも満たない希望すら諦めかけていた。


それでもずっと馬鹿みたいに待ち続け、気が付けば十年もの月日が流れてしまっていた。



そして高校の入学式で、渚に出逢った。