ーー渚の容態が急変した。
その言葉を聞いた途端、暗闇の渦に落とされたような気分になったのを、今でもよく憶えている。
急いで病院まで駆けつけて、息も絶え絶えに辿り着いたその場所は、もはや私の知っているところではなかった。
ーー渚っ、渚っ……。
おぼつかない足取りで、ふらふらとベッドの傍らまで歩く。
しゃがみ込んでその手を取ると、陽だまりのような暖かさはまだちゃんと残っていて、ほんの少しだけ安心した。
だらりと力の込もっていない手を両手で包み込んで、とめどなく溢れる涙もそのままに必死に縋りつく。
情けのないことに、沢山の機会に繋がれた渚にできることは、もうそれしか残されていなかった。
けれど、いくら泣きじゃくったところでなにが変わる訳でもなく、徐々に失われていく体温に、絶望が深くなっていくだけだった。
やがて、その手のぬくもりが消えてゆき、窓の外は夜明けに塗り替わっていった。
藍色と淡い橙色。薄くなった星々が、昇り始めた太陽に居場所を明け渡す。
窓に背を向けていた私には見えなかったけれど、きっとそれは、一日の始まりにふさわしい美しい空だったのだろう。
ーーありがとう。
蝋燭の日も消せないような囁き声が、そっと呟く。
冷たくなった手とは裏腹に、背中に暖かな金色の朝陽が差し込む頃。
安らかに、穏やかに。
命の灯火が、静かに消えた。