待ち合わせ時刻十分前にもかかわらず、渚は既にそこにいた。

私服姿の彼を見るのは初めてだ。


紺色のパーカーに黒のデニムパンツというシンプルな格好でスマホを弄っている様は、さながら芸能人のようだ。

その証拠に、道行く女性達がちらちらと彼を盗み見ている。逆ナンをされていないのが不思議でならない。


結論から言うと、私はこのモテ男に声をかける勇気がない。後の展開が怖すぎる。また一人、女の人が渚に見惚れた。


とはいえ、不審者の如く電柱の影でうじうじしているのはやはり、否が応でも目立ってしまう。

「あ、優希!」


私がぎょっとしていることなんてつゆ知らず、渚は笑顔でこちらに駆け寄ってきやがった。全く、自分の顔のよさを弁えて行動してい頂きたい。


本当は文句のひとつやふたつ言ってやりたかったけれど、ただでさえ女性陣から値踏みするような視線を向けられている状況でそんなことを言うのは気が引けたので、


「お待たせ」


と笑って見せた


途端、渚が私から目を逸らす。

「どうしたの?」


視線の先を追ってみたけれど、そこに大したものはなくて、気のせいだと思い込んだ。


ややあって、渚が元通りに私を見る。

「なんでもない。じゃあ行こっか」


そう言われたので私は渚の隣に並んで、アネモネの咲く道を再び歩いた。

何度か見たことのある花は、以前よりも情熱的て洗練されているように感じた。



渚が案内したのは、とある植物園だった。


入場料の二百円を支払って中に入り、他愛のない話をしながら二人でのんびりと目的地に向かう。

頭の片隅で考えていたのは、上も下も空の場所のこと。


植物園。とういことは、日本版ウユニ塩湖という訳ではなさそう。だけど、他に上も下も空の場所なんて全く思いつかない。

会話の合間に思考を巡らせてみても一向に答えは出てこない。


「着いたよ」


結局、その光景を目の当たりにするまで、空の正体を暴けなかった。