「じゃあ、またね」


十五分程話をして、病室の引き戸を閉める。

誰も見ていないのを確認してから、扉に背を預けてずるずるとその場にしゃがみ込んだ。


今日は、大丈夫だった。

まだ、いつも通りの私でいられた。


渚の顔色がよかったからだろうか。一昨日来たときは随分と辛そうに見えて、つい顔を歪めてしまったから。もうあんな失敗は犯さないと、固く心に誓ったのだ。

具合、悪いの? と尋ねた私に見せた困り顔が、脳裏にこびりついたまま離れない。


ーーちょっと体がだるいだけだから、大丈夫だよ。


そう言って、眉を下げて笑っていた。


違う。そんなつもりはなかったのだと、喉が枯れるまで叫びたかった。そんな顔をさせたかった訳じゃない、ただ心配だっただけでーー。

頭に浮かぶ無意味な言葉をそのまま形にできる程、私の神経は図太くはない。

軽い反動をつけて埃ひとつないピカピカの床から立ち上がり、手すりのついた廊下を歩く。


それにしても、どうして病院って、こんなに白っぽいんだろう。

清潔感というか、クリーンというか。無機質というか、人工的というか。他人行儀な雰囲気すら感じられる。消毒液や薬品のツンとした匂いがより、そのイメージを助長させているのかもしれない。

エレベーターで1回まで降りた先のロビーは患者で溢れかえっていて、やっぱりそこでも、薬っぽい匂いがした。

病院の外に出るとキンとした寒さがよりいっそう私に辛く当たってきたので、ホッカイロ代わりに購入したミルクココアの缶を口に運ぶ。


「あったかい……」

普段はあまり口にしないまったりとした甘さと温かさに今はほっとして、寒夜から身を守るようにして手の中の熱に意識を集中させた。