「また、入院することになった……」



くぐもった声が耳に届くと同時に、熱い水が私のブラウスを湿らせた。

途方もない暗闇に突き落とされた気分になって、意味もなく上げた両手がか細く宙を掻く。


「俺、本当はさ、死ぬのが凄く怖いんだ」


これ、だったのか。

あのときの伏線は、こういうことだったのか。


「余命宣告されたときから覚悟は決めてたつもりだったんだけどさ、やっぱり、怖いものは怖いや」

弱々しく言いながら、溢れ出る感情を堪えるように縋りつく。


「できることなら、もっと優希と一緒にいたい。やりたいことも、行きたいところもまだ沢山あるのに、このまま終わりになんて、したくないっ……」

「……っ」


涙声で震える渚を少しでも温めてあげたくて、まるでガラス細工を扱うかのようにそっと、濡れそぼった体を抱き寄せた。


「大丈夫」

幼い子供をあやすみたいに、背中をゆっくりと撫で、ぽんぽんと叩く。


「渚は死なない。絶対に死なない」


情けのない話だけど、私まで目頭が熱くなってきた。



「春も夏も秋も冬も、飽きるくらい一緒にいよう。呆れるくらい一緒にいよう」


遠くから眺めていた渚は、いつも楽しそうだった。

いつも周りに人がいて。いつも誰かを笑わせて。

でも本当は、こんな風にたった一人で、痛いくらいの死の恐怖と闘っていて。


「来年は何処に遊びに行こうか。私は海に行きたいなぁ。渚は? 海と山、どっちが好き?」

「…………海」

「ふふっ。じゃあ、来年は二人で海に行こうか」


その拠りどころのない想いに、苦しみに、そっと寄り添うことができるのならーー。


鏡花水月の未来を手繰り寄せて、長い夜をやり過ごした。