明日もきみが心から笑えますように

 *
 「お邪魔しまーす」
 「あ、美波ちゃん。蒼は上にいるよ」
 「ありがとうございます」
 今日は蒼と出かける約束をしている。だからその前に蒼の家で髪の毛をやってもらうことになっている。なるべくクセがつかないように、今日は髪を下ろしてきた。
 「蒼?開けるよ」
 「どーぞー」
 ドアを開けると、まだ部屋着姿の蒼がベッドに座っていた。
 「じゃあ、やるか」
 「お願いします」
 部屋の鏡の前に座ったら蒼が手際よく髪を梳かし始めた。時々蒼の手が首や耳に当たって、緊張で思わず力が入ってしまう。そんな私をよそに、蒼は淡々と髪の毛をセットしていく。こんなに上手いなんて思わなかった。私よりも上手いかも。
 「上手いね、蒼。こんなにだとは思ってなかった」
 「ほんと?良かった。もうすぐで出来るから」
 「うん」
 それから数分後、できあがりを見て思わず感激してしまった。
 「え、これほんとに蒼!?すごい、プロがやったみたい・・・」
 「今日はいつもより頑張ったから」
 「ありがとう!すごい可愛い。嬉しい」
 「はは、良かった。じゃあ準備するから待ってて」
 そう言って蒼はクローゼットを開けて服を出した。そして着替えを・・・。ちょ、目の前で着替えるの?そ、それはまずい!
 「あ、蒼、ちょっと私の前で着替えるのは・・・」
 「え?あ、ごめん。じゃあ下で待ってて」
 「うん、分かった」
 蒼の部屋を出て一階に向かうと、杏花音さんと杏花里さんの話し声が聞こえてきた。
 「美波ちゃんってほんと可愛いよね。蒼には勿体ないくらい」
 「ねー。どうやってあんな子捕まえたんだって感じ。でも良かった。蒼に彼女が出来て」
 「そうだね。一生一人で生きてくのかと思ってた。あいつ、モテるくせに恋には興味ないってど
ういうことなんだろうね。まぁ、一年生のとき一目惚れしたって聞いたときは超びっくりしたけど」
 「でも更にびっくりなのがその時一目惚れしたのが美波ちゃんって事じゃない?ずっと好きだっ
たんだね」
え・・・。そんな事聞いたことない。一目惚れって・・・?
 すると、蒼が部屋から出てきた。
 「あれ、階段で何してたの?」
 「あ、いや・・・」
 「ま、いいや。ほら行こ」
 そう言って蒼は私の手を掴んだ。「うん」と言って私も手を握り返すと、蒼は嬉しそうに笑った。
蒼の家を出た後は、前から見たいと言っていた恋愛映画を見に行った。蒼は男子だから、コメディ系とか、アクション系とかが見たいと言っても良さそうだけど、『俺もこれ見たいと思ってた』と言ってくれたので一緒に見ることになったのだ。
「良かったね、映画」
「うん、最後彼氏が目を覚まして、ようやく二人が結ばれるっていうとこが感動したなー」
「ハッピーエンドだったもんね。俺は彼女がずっと彼氏を思ってて、何年もずっと待っていられ
たのが凄いと思った」
「そうだよね!蒼と見られて良かった」
「俺も楽しかった」
「明日から学校だね。莉子たちに会いたいね」
「うん。そういえばクリスマス以来会ってないね」
「じゃあ、明日も早いし、そろそろ帰る?」
「家まで送ってくよ」
「ありがとう」
家に帰ったら明日の準備をしてすぐに眠ってしまった。
・・・その日見た夢は何だかとにかく悲しい夢で、朝起きると涙を流していてびっくりした。夢の内容はあまり覚えていなかったので、何で泣いていたのかは分からなかった。
いつものように用意をして、お母さんと短い会話を交わし家を出た。昨日は珍しく大雪が降ったらしく、道は雪が積もっていて気をつけないと足を取られてしまいそうだった。
いつもの満員電車に乗って揺られていると、「美波」と呼ぶ声が聞こえた。
 「莉子!おはよう」
 「おはよー。どうだった?冬休みは」
 「楽しかったよ。映画行ったり初詣行ったり。あ、あと蒼に髪の毛やってもらったの。結構上手いんだよ。美容師目指してるんだって」
「へぇー、そうなんだ。で、山本の家には行った?」
「行ったよ。皆でパーティーした後と、髪やってもらったとき」
「お姉さんたち綺麗だった?」
「顔は似てたよ。でも、蒼と違ってパワフルな感じだった。双子なんだって」
「双子なの!?」
「うん。名前も杏花音さんと杏花里さんで似てたし」
「ふーん。何か進展はあった?」
進展・・・?特に何もないけど・・・。
「もう付き合って三ヶ月だよ?キスくらいしてないの?」
「もう三ヶ月も経ってたっけ。早いね」
「そうだね、じゃなくて、キース!したの、してないの?」
莉子、声が大きいよ。電車内だっていうのに。でも答えなきゃもっと大きくなる気がする。
「・・・キスは、した」
「え!?ほんとに?い、いつ?」
「それはいいでしょ、もう。ほら、ここが電車の中だってこと忘れないで」
「そ、そうだった」
 それからの莉子は何だかおかしかった。私の顔をまじまじと見つめたと思ったら、難しい顔して何かを考えたり、何か言おうとして、口を閉ざしたり。分かりやすく動揺している。そこまでだと、さすがに笑いが抑えられなくなってしまう。莉子はそんな私を見て不思議そうな顔をしていた。その顔を見てさらに笑いがこみ上げてきた。電車内だから、声は出さなかったけど。
 「はぁ、お腹痛い」
 「もう、笑いすぎー」
 電車を降りると、笑いすぎたせいかお腹が痛くなって苦しかった。・・・こんなに笑ったのいつぶりだろう。普段、あまりたくさん笑ったりしないので、笑いすぎでお腹が痛くなるのなんて初めてかも知れない。
 「ほんと、美波がそこまで笑うのって久しぶりに見たかも」
 「私も同じ事考えてた」
 そんな事を話しながら学校に向かうと、前の方に馴染みのある後ろ姿が見えた。
 「あ、蒼!」
 「あ、匠海!」
 莉子と同じタイミングで名前を呼ぶと、あっちもほぼ同時に振り向いた。
 「お、美波ー!」
 「莉子」
 二人が止まって待ってくれているので小走りで向かう。
 「おはよ、美波」
 「うん、おはよう」
 蒼の隣に並んで歩く。そういえば、さっきは結構歩くのが速かったのにいまは私に合わせて歩調を落としてくれている。そんなちょっとしたことが嬉しい。恋って偉大だ、と思う。
「今日は髪下ろしてないんだ」
「時間あったから」
「また下ろしてんの見たいなー。可愛いし」
「・・・またね。私が寝坊でもしたら」
「えー?そしたら結構先になっちゃうじゃん」
「案外すぐかもよ?ほら、私ってドジだから」
「そうかなぁ。わざと早起きするのとかやめてよ?」
「そんな事しないよ。朝はなるべく寝てたいし」
「あ、じゃあ俺の誕生日プレゼントは美波が髪下ろすの見るってことでいい?」
「え、誕生日っていつだっけ?」
「そっか、教えてなかったね。えっとね、三月二十三日」
「まだ遠いじゃん!しかもその日はもう春休み入ってない?今言われても忘れてるかも・・・」
「大丈夫、前日にもお願いするから」
「・・・ていうか、ほんとにそれだけでいいの?」
「うん。それで十分」
「じゃあ、やってくる」
「わーい!」
そんなんで喜んでくれるって・・・どんだけいい子なの、蒼って。でもさすがにそれだけっていうわけにはいかないよね。今日買いに行こうかな。蒼はバイトらしいから。莉子が買い物したいって言ってたから誘って行こ。早く行かないとテスト期間になっちゃうし。
「あー楽しみ。早く誕生日来ないかなー」
そんなに楽しみなの?ただ下ろすだけか、編んだりするか、せっかくなら聞いてみよ。
 「蒼、ただ下ろしてるだけがいい?それとも編んだりしてる方がいい?」
 「んー、ただ下ろしてるのがいいかな」
 「分かった」
 まぁ、そっちの方が楽だよね。軽く巻いていけば良いだけだし。忘れないようにしなきゃ。結んでったら蒼が悲しむのが目に見えるから。
 喜んでくれるといいな、なんて気楽なことをこのときの私は思っていた。