カサンドルはそのままフォール城にとどまり、城に残る書物などを研究しながらアニエスを手伝うようになった。

「久しぶりに施術をすると、お腹が空くわね」
「本館のお肉は美味しいけど小さいんですよ」

 本館の食堂でソフィやベルナールと一緒に食事をするようになったアニエスとカサンドルは、時々、兵舎の食堂に行って肉を食べた。
 泉の神様の言葉に従って、野菜もちゃんと食べた。

 アンセルム国王の代の、真実の第一の聖女であったカサンドルは、ちょうどアニエスの母と同じくらいの年である。
 六歳の時に親元を離れたアニエスには、母の記憶があまりない。
 カサンドルやソフィに髪を梳かされたりドレスを選んでもらったりすると、胸の奥にふんわりとした嬉しさが広がって、甘えたくなる。
 二人は喜んでアニエスを甘えさせた。血のつながりはなくても、家族の温もりのようなものを感じることができて、アニエスは幸せだった。

 俺の子どもを産んでくれ、というのが、どうやらベルナールのプロポーズだったらしく、ソフィは呆れていたが、アニエスは十分嬉しかったので、ベルナールとソフィの母の形見だというエメラルドの指輪をありがたく受け取った。
 ベレニスたちが王都に帰っていった後、正式にアニエスの両親に挨拶に行きたいとベルナールは言った。

 副官のアンリ・バルゲリー少将にフォールの防衛を託し、ドミニクを始めとする精鋭の兵士とともに王都に向かうことになった。
 馬車は二台だけだが、騎馬兵の護衛が前後にずらりと着く、なかなか立派な隊列だった。

 王都と変わらぬ規模を誇るフォートレルの街だが、軍事を司る辺境伯のお膝元ということで華やかな行事には縁がない。
 このところ、エドモンやベレニスの一行が往復したばかりだが、エドモンの帰路は領民も驚く鬼気迫る逃亡劇だったし、ベレニスの馬車からはどことなく怒気が滲み出ていたので、辺境伯と聖女の乗った馬車から漂うお花畑感に、領民たちも癒されて、街道沿いには手を振って見送る人がけっこういた。

「結婚式の時には、街をパレードするのもいいかもしれないな」

 お花畑感満載のベルナールが、にこにこ笑いながら提案した。

 もう一台の馬車にはソフィが乗っていたので、宿は最上級のところに泊った。王族や貴族も泊めている城のような宿である。
 お湯がふんだんに流れ落ちる湯船にソフィと浸かりながら、「こんな宿もあったんですねぇ」とアニエスは上機嫌だった。
 食事もいいものばかり出てきて、贅沢もたまにはいいものだなと思った。

 そうして三日ほど経った頃、フォールから早馬が追いついて、息を切らしたポールがベルナールに告げた。

「ルンドバリが三か所から攻めてきました」
「何?」