「私は二度、八蔔さんの近くに潜入しました。一度目は学校、かなり粗めでしたが、酒と苦労の匂いが濃かったです。二度目は、花屋の彼女です。これは、花奈さんも知っていますよね。その時の八蔔さんは、自分を軽く見せることで暗い闇に埋もれた自分を隠しているように感じました」

そんな……。

お父さん、ごめんね。

今更謝っても、遅いんだろうけど。

「それに、八蔔さんはあなたを真奈さんだと見抜いていましたよ」

私は無意識に耳を塞いだ。

これ以上、私から抜かないで。

「松谷さんに、体育倉庫を掃除させた理由、知りたいですか?」

話の急激な飛躍に、塞いだ耳を開き、ゆっくりと首を縦に振ることしかできなかった。

「松谷さん、イジメられてたんですよ」

……え?

心臓が生き返ったように激しく動き出す。

冷たい汗が体中を這い回った。

「松谷さんとイジメっ子を遭遇させないために、敢えて体育倉庫を一人で掃除させたそうです。聞いた話なので、詳しいことはわからないですけど」

そんな……明がイジメられていたなんて。

さらさらの栗色の髪を揺らして微笑む姿が遠ざかっていった。

手を伸ばしても、振り返ってはくれない。

「八蔔さんは、美奈さんの一件以来、酒の量が増え、精神状態が正常ではありませんでした。ですが、よく調べもせず、罪を重ねたあなた達も十分最低ですよ」

冷泉さんの鋭く、辛辣にも聞こえるこの言葉は、悔しいが的を射っていた。

冷泉さんは……どうやってここまでの情報を手に入れたんだろう。

衝撃とやるせなさで心にぽっかりと穴が空いた私は、もう、何もかもどうでも良くなった。

「冷泉さん……あなた、何者ですか……?」
 
放心状態の挙げ句、父と同じ質問しかできなかった。

そう、勘違いが交差して、殺された哀れな被害者。

私は、勘違いを先走らせ、自分で憎しみを膨らませ、罪に手を染めた愚鈍な加害者。

ああ、なんて愚かな。

「あなた達と同じ最低の、冷泉冬來、です」

冷泉……冬來。

虚ろな焦点で、冷ややかな青い光だけ、しっかりと突き刺さった。

「これが……"最低狩り"だったんですね」

父、母、恋人に思いを馳せながら、最期に、さらりとした涙が流れ落ちた。