「冷泉さんも、ありがとうございました」

艶やかな黒髪、切れ長の瞳、長い手足。
 
白いブラウスに、黒いタイトスカートで足を組んでいる。

妖艶な女。

今は、をつけるべきか。

彼女……もしくは彼、は変装の名人だ。

花奈も、真奈も、本当の姿を知らない。

八蔔を呼び出した私と、花屋で泣いた女の人は、冷泉さんだった。
 
「これが、私の職業なので」

ややハスキーな声が余計に正体を燻ぶらせる。

「無事、成功しました!本当に冷泉さんのお陰です!」

「それは良かった」

表情筋をぴくりとも動かさない。

余程肝が据わっているのだろう、と思う。

「いくつか、聞いてもらいたいことがあるのですが」

冷ややかな声に、その場が締まった。

「もちろん……どうぞ?」

「まず、伊達美奈さん、八蔔さんについてです。八蔔さん、美奈さんに暴力なんてふるっていませんでしたよ」

は……?

鈍器で殴られたように脳が揺れた。

「え、でも、」

私の反論を言わせまい、と被せて喋る。

「近所の人が聞いたという、女の人の声は、美奈さんがアフレコの練習の声です」

「アフレコ……?姉は声優でもやっていた、というのですか」

ちらり、と真奈を確認するが、驚きの表情で固まっている。

「そうです。どうやら、バラしたくなかったようで、殆どの一人には話していなかったですが」
 
「物音についてですが、これは八蔔さんが体育の指導案を考えていたようです」

「あ、痣は!どう説明するんですか!」

気づけば声が喉を突いて出ていた。

「それは、美奈さんが拉致されたからです」 
 
「拉致……?」

「私、母からそんなこと聞いてないです!!」

動揺を隠せない私達をよそに、淡々と語る、冷泉は、人間でない何かにしか見えなかった。
 
「声優をしていることがバレ、尾けられたあと、拉致され、暴力をふるわれたそうです。美奈さんの様子に異変が起きたのも、この時期と被りました」

「じゃ、じゃあ、自殺したのは……!」

「そうです、八蔔さんのせいではありません」

ガクリ、と膝から崩れ落ち、視界がグラついた。

じゃあ、じゃあ、私が危険を冒してまでした、この復讐は何だったの……?

お姉ちゃん……。

私……。

一体何をしていたの……?