「わあー、かなりひどいね、流石高橋さん。僕はどうしよっかな〜?」
幼い子供のように、俺の惨状を見てはしゃぐ『松谷くん』が恨めしかったが、状態が状態なもので、どうすることもできない。
もどかしさで、指先がピクリと動いた。
「んじゃ、まずは」
人差し指を顎に当て、呟くと、白鳥のような優雅な動きで、マスクの紐を耳にかけた。
ふわり、と『松谷くん』の背中に白い羽が生えたような錯覚に陥る。
白い羽根が舞い散る中で、段々と黒い羽根が多くなっているようだった。
花奈も、マスクをつけ、部屋の隅で死んだ目をなんとか生き返らそうと無理矢理光らせていた。
「そーれ!」
『松谷くん』は部屋の隅にあったプラスチックのゴミ箱を投げるようにして中身を放り出した。
多くの灰色の綿が俺の視界を埋め尽くし、雪のようにゆっくり落ちてくる。
時折部屋の蛍光灯で煌めき、何か、綺麗なものと思えた。
「っ、げほっ、げほっ、ごほっ……!」
息を吸った瞬間、それは俺の鼻孔で暴れた。
どうやら、全て埃だったらしい。
咳き込み、酸素が欠け、求めようと吸えばまた埃が俺の呼吸を妨害する。
「ごほっ、ひゅっ、ごほっ、ごほっ」
肩が上下し、うまく呼吸ができない。
喉への刺激が止まらない。
酸素が、足りない。
吸えば吸おうとするほど、喉がひくつく。
苦しい。
助けて。
死んでしまう、苦しい。
誰か……!
声が声にならず、生理的な生温かい涙が滲み、鼻水と共に流れる。
涙が、どろりと粘性を持ち、ゆっくりとしか流れなかった。
「あはは、悔しい?」
目だけで分かる、勝ち誇ったような、余裕に滲んだ笑みが俺を苛たせる。
……いや、俺は恐怖を怒りで誤魔化しているだけだ。
怒りの煙幕の奥には、悔しさと恐怖が渦巻いている。
「自分のせいだから、我慢してね」
ニコッと髪を揺らしながらペンチを構える『松谷くん』の笑みは、天使と悪魔の両性を持っていた。
……どういうことなんだ。
コイツは誰なんだ。
どこかで見た。
それは、確実に言える。
だけど、どこで……?
次第にひゅー、という高い呼吸音になり、肺の辺りがゴロゴロ、とスーバーボールでも入れたような不快感を感じた。
……逃げないと。