パシッ、パシッ

頬が拳大程に腫れていそうなほど、感覚が麻痺してきた。

馬乗りになられ、花奈の全体重が腹にきている為、そろそろ内臓が潰れてしまいそうだ。

息が苦しく、鼻血も垂れ、先程吐血した俺はきっと酷い顔付きだろう。

艶のある黒髪を振乱し、血走った目をギラギラ輝かせるその表情は、妖怪のようだった。

「……おれ、が、高橋さんに、何を、したっ、ていうん、ですか、っ。俺は、何も奪っちゃいない。命を軽く扱ってもいない。どうしてこんな仕打ちを、受けないといけないんですか!」

途端、強い力で胸が引き上げられ、首が大きく揺れた。

間近には、いつもの優しさも、魔女のような余裕さも無く、ただあるのは憎しみに染められた、濁った怒りだけだった。

「お前は人殺しだ」

……は?
 
 
「俺は誰も殺していない」

「いいや、殺した。伊達美奈と、生徒と、その他のものも」

「美奈は自殺した。生徒には心当たりが無い」

「嘘をつくな!!!」

急な怒鳴り声に思わず花奈の顔を凝視した。

真っ赤になった花奈の瞳から、一粒の雫が落ち、目を見開く。

様々な感情がぶつかり合い、織り成した複雑な涙のように見えた。

胸倉を掴む力が少し緩んだ。


「伊達美奈は……」

  
先程の怒鳴り声はどこへ行ったのか、か細い、折れてしまいそうな儚い声だ。

苦しげに歪んだ表情が黒髪の隙間から覗き、痛みが一瞬だけ吹き飛んだ。





「私の姉なんだよ」