「真奈、行ってくるな」

「はいはい、行ってらっしゃい」

俺の緊張を知らない真奈は朝から呑気に雑誌なんか読んでいる。

ちぇ、高校生はいいな、休みがあって。

「彼氏はいいのかよ」

真奈の肩がぴくり、と震えたが、無視を決め込んでいる。

恨めしく思いつつ、家を出た。

***

「おはようございます」

いささか硬い声になってしまった。

俺の切り札が、この女に効くかどうかに恐れて。

大丈夫だ。

計画通りにいけば。

そうして、逸る心臓を落ち着けた。

「おはようございます!」

そう返事した花奈に違和感を感じる。

声はいつも通り、か、それ以上なくらい明るく、張りがある。

しかし、急にできた目の下の青黒い隈や、たるんだ瞼、艶が失われた黒髪……。

少しは化粧で誤魔化しているが、隠しきれていない。

決定的なのは瞳。

燃え尽き、こびり付いた焦げ跡のような、とにかく、輝きが失われている。

いつもの凛とした、純粋な輝きが見てとれない。

……そんなに俺は、重大な罪を犯してしまったのか?

俺の手中にある切り札がいきなり弱くなっていくような気がした。

「伊達さん?今日はこれから、私と昨日の彼女に謝りに行きます」

……え?
 
予想が外れ、拍子抜けする。

「えと……謝りに行くのは、行きますけど、何で昨日、彼女泣いていたか教えてくれませんか?」

それと、あんなに怒っていたあなたが、こんな状態に陥った理由も、という文を飲み込んだ。

「ああ、伝えていませんでしたっけ?」

ふわり、と花のように笑った。

だが、雰囲気は毒々しく、不気味な花をイメージした。

甘ったるい香水の香りと混じった、花本来の爽やかな香りが花奈を、花奈でなくしていた。

「彼女、彼氏さんと別れたばっかりだったらしくて。それで、彼氏さんにもらった花と同じ種類のものを懐かしく感じながら眺めていたら、伊達さん、あなたが勝手に話しかけて、あんなことに」

いつもより、緩く睨まれた。 

「……ふうん」

「それじゃ、彼女と待ち合わせているところがあるので、行きますか」

にっこりと笑う彼女を怪訝に思いながら、付いていった。