気配を感じない、と思い、伊達が掃除をしていた方を見ると、棚に箒とちりとりが立て掛けられていた。

……ったく、あの男、サボりやがったな。

それなら、まだ良いのだが。

何だか、胸がざわつく。

それは次第に荒くなり、心臓の鼓動を速くしていく。

棚に立て掛けられていた箒がカラン、と乾いた音をたてながら、倒れ、転がっていった。

「ごめん、少しここ離れるので、お願いします」

「了解です!」

理由を聞かずに快く承諾してくれる従業員に感謝しながら駆け出した。

この店で私の目から逃れられる場所は、2つ。

更衣室と、バックヤード。

店の外に出られたらもう、探す気などなくなる。

だが、更衣室への道は一本しかなく、丁度私が作業していた目の前の道だった。

その間、誰かが入ったのを目撃していない。

つまり伊達は、バックヤード、そこにいないと逃げたことになる。

さあ、どうだ……?

ドクドクと嫌に大きな鼓動を感じながら勢いよくドアを開けた。 

バックヤードの中の状態を見て、私は視界が一際大きな鼓動と共に揺れるのを感じた。

茶髪の女の人が伊達の前でしゃくり上げ、体を小刻みに震わせている。

詳しいことは分からないが、伊達がその女性を泣かせたことは明白だった。

私の腹の底で、何かが熱く燃え上がる感覚、そして軽蔑から来る冷ややかさが入り混じっていた。

そして、伊達の態度が私の炎に油を注いだ。

一瞬の優越感、からなのだろうか。

諦めたような、勝ち誇ったような、感情を判断しづらい嫌な笑みを唇に浮かべたのだ。

ただ、瞳に宿る濁った、光さえも感じないどろりとしたものは、己の身の破滅に嘆いていることを密かに伝えていた。

早急に伊達を追い払い、彼女と二人きりになったところで、柔らかく尋ねた。

「申し訳ございません、お客様。何か、不束な点がございましたでしょうか。遠慮なさらず、おっしゃってください」

段々としゃくり上げが落ち着き、目元は隠したままだが、口を開いてくれた。

「……え?」

背中に、冷たいものが走った。