私は彼の婚約者として十年も過ごしてきた。

 楽しみと言えば、メイドがこっそり買ってきてくれるラブロマンス小説。
 社交界では今、騎士団長と降嫁皇女のラブロマンスが流行っているらしい。
 それはつまり、私たちの婚儀が近い証拠。
 他の皇族や侯爵とのラブロマンスを読み漁るしか娯楽はなくなっていた。

 私は彼が怖い。

 あの日、私を誘拐した男爵だけではなく、一族を皆殺しにした彼が、私は怖かった。
 裁判にかけ、法で裁けば良いのに、男爵に弁論の場も設けずに野蛮に殺した。
 私の結婚相手は、両手を血で染めた暴力の権現だ。
 絶対に嫌だった。こんな結婚、したくない。
 けれど、誘拐犯から私を救った彼は、信頼もある。冷酷ではあるけれど、普段は、無口で攻撃的ではない。

 そして顔がいい。彫刻のように引き締まった身体に、整った顔。凜々しい眉に、目元の黒子が艶っぽい色男。冷酷なのに顔がいいなんて、反則だ。
 私だって怖かった。怖くて野蛮で大嫌いだけど、あの顔を見た瞬間、許してしまいそうでそんな簡単な思考の自分が嫌いだった。