私はまだ六歳だったけれど、誘拐されたが待遇は悪くなくそんなに恐怖を感じなかった。
 それどころかケーキを食べながら、呑気に読書なんてしていたときだった。

「皇女さま」

 私を助けに来たのは、その当時騎士団長に就任したばかりの若き孤高の狼。
 ダズ・アルカンシエル・エストレジャ
 彼が騎士団の指揮を執り、私を救いに来た。
 それだけならば、私は婚約者の彼に惚れただろう。

 けれど、助けに来た彼の両手は血で濡れ、マントも赤く染め上げ、どちらが誘拐犯か分からないような鋭利な瞳で私を見下ろしていた。
 頬の血を拭い、私の前に傅く彼を、私は震えて見上げていた。
 その日、覚えていることは、私を見下ろす冷たい瞳の彼。

 それからして、私は降嫁として騎士団長の正式な婚約者になることになった。
 隣国は兄たちが婚約や結婚し、同盟を組み平和だ。だとしたら、国内の一番危険人物に最高の名誉を与えて大人しくさせるしかない。
 彼は私との婚約に勿論異論など唱えず、了承。

 私は嫌だったが、彼が了承した以上、誰も彼には逆らえない。その瞬間から傷物だ。どこかの皇族ぐらいしか敵う相手は居なかったが、誘拐事件以後箱入り娘になった私は、出会いなどほぼ皆無。騎士団長自ら護衛するのだから、出会えるはずもない。