「なぜ、笑うの?」
「いえ。前世では、この媚薬はチョコレートと呼ばれていたのです」
チョコレート。
彼は躊躇無く食べると、「甘い」と笑う。
なぜ媚薬を食べて笑うの。
馬鹿にされた気がして、涙が零れた。
「私は愚かで、浅はかで、幼稚でしたでしょうか」
「え。えええ?」
泣いた私を見て、テーブルの上の媚薬をひっくり返しながら此方へ向かってくる。
なので私は、それ以上近づかないでと、叫んだ。
「貴方に愛して貰いたいって、奮闘している私を、貴方はずっと否定しています」
「否定なんて! ですが、本当に冷酷な騎士団長とはバッドエンドで」
「……貴方は、今、冷酷無慈悲な騎士団長ではなく、ダズ・アルカンシエル・エストレジャ。貴方が言っている物語の人物ではないわ」
「しかし」
まだ狼狽えている彼に、私の心が悲鳴を上げていた。
「私は作られた物語の中の、創作された人物じゃ無いわ。貴方が変わったことで、貴方を知りたいと、好きになりたいと、自分の意思で、自分の感情で、貴方に思いを寄せている。貴方の前世の物語で片付けないで」
「姫……」
「現実に居る私は、貴方の言動に傷ついているの。もっと」
もっと目の前の私を見て。
ほろほろと流れた涙を、雲が隠してくれた。
泣いて縋る皇女なんて、きっとみっともない。
けれど、ダズ様が、私ではなく前世の物語を通して私を見るのが辛かった。
私は、冷酷では無い貴方を知りたいのに。



