【完】片手間にキスをしないで



「ふぅん……静くんはさぁ、奈央とのこと知ってるの?」

「奈央クンとのこと、って?」

「ふたり、付き合ってるんでしょ?」


あれ……私、鮎世にそんなこと言ったっけ。


動揺がてらカップを傾けても、もう中身はない。夏杏耶は意味もなく、ゴクリと喉を鳴らした。


「付き合ってる……静も、美々も知ってるよ」

「それは可哀想に」

「……え? 何が?」

「彼って、ああ見えて真面目なタイプでしょ。堅気っていうか」

「ねぇ……ここで、静の話をしたかったの?」


これが目的、なはずもない。なかなか本題に入ろうとしない鮎世に、夏杏耶は痺れを切らして問いかけた。


「違うね。鋭い」

「じゃあ、何を……」

「決まってるじゃん。奈央のことだよ」


カラン、カラン───ケーキを買いに来たお客さんの知らせ。


ともに、彼の金髪が揺らめく。髪を照らす灯りが風に靡いたからだ、と気づいた時、彼はすでに距離を詰めていた。