【完】片手間にキスをしないで



やばいっ……バランス……!


「ひゃ……ッ?!」


滑らせた反動で、飛び込んだ。否、彼が体勢を見事に変えて、飛び込ませてくれたんだと思う。


「ばかお前……っ、ほんとばか」


焦燥感をたんまり含んだ声が降るのは、きっとそのおかげ。


夏杏耶は少し高い体温に包まれ、心臓をドクドクと鳴らした。


奈央クンがキャッチしてくれなかったら私……机の角にでも額をぶつけて、血だらけになっているところだったかも……。


「……大丈夫か?」

「うん……ありがとう」


落とされる声に、彼のシャツをキュッと握りしめる。瞬間、「──……っ」と何かを押し殺したような吐息が耳をかすめた。


「奈央クン?」

「ん、なんだ」

「私、重くない……かな」

「普通に重い」

「だ、だよね……」

「……でも、あと少し」


肩を包み込むよう回された手に、控えめに力がこもる。


「あと少し、このままで居ろ」

「……は、い……」


不可抗力にも彼の胸板に埋まった顔は、笑えないくらい熱く火照った。