【完】片手間にキスをしないで



「あ、れ───」


夏杏耶は息を呑んだ。


キーンコーン───と、始業5分前を告げる予鈴を他所に、奈央の腕をキュッと掴んだ。


「この人、って……奈央クンの」


小学生の頃。からかわれていた夏杏耶を救った奈央の後ろ。毎回同じ影があったことを、ようやく思い出した。


───『覚えてろよ……ッ、お前ら!!』


妙に引っかかっていたあの捨て台詞が、奈央とアユセに向けられていたことを、ようやく思い出した。


「まさか、気付いてなかった?傷つくなぁ」

「い、いや……その、ごめんなさいっ。同じ小学校の、奈央クンのお友達だったなんて……名前も聞いてなかったから、」

「うーん。じゃあ、改めて挨拶しようか」

「へ?」


不覚。いや、避ける隙がなかった、という方が正しいかもしれない。夏杏耶は流れるように取られた手に、素っ頓狂な声を上げた。


「俺は春永(はるなが) 鮎世(あゆせ)。転入してきました。あぁ……夏杏耶ちゃんと同じ、2年生としてね?」