【完】片手間にキスをしないで



な、んで……え、この人って。


振り向いた先、居たのはフードを深くかぶった男。見覚えどころか、名前だって覚えている。


間違いない……〝アユセ〟だ。


「……んでお前がここに居んだよ」

「奈央クン……?」


ピュウッ。


甘さを含んだ桜の香りから、草木を含んだ香りへの遷移(せんい)。靡いた風に気付かされながら、夏杏耶は隣を見上げた。


「え……知り合い、なの?」

「うーん。半分正解、かな」


アユセには訊いてない。


にやつきながら距離を詰める彼を、半分本気で睨みあげた。


「おぉ、こわ。睨まないでよ。可愛い顔がもったいない」


フードの中で卑しく光るフープピアス。変わらず醸し出される妖艶な気。ふわりと漂う、オレンジピールのような香り。


避けたいと願う心とは対照に、夏杏耶は硬直を為した。


「ククッ……でもなぁ。噛みつかれるのもいいかも。ね?夏杏耶ちゃん?」