【完】片手間にキスをしないで


「……何目ぇ閉じてんだよ」

「へ?」

「アホ面」


至近距離。無意識に尖っていた口先を、クスッと笑われる。


「だって……キス、されるのかと」

「はぁ?」

「い、いやっ、心の準備はまだなんだけど、いつでもいいっていうか。奈央クンがしたいときにどうぞ!」

「あほか」

「いてっ」


ペシッ、と軽く額を(はた)かれ、顔を歪める。どうやら、当ては外れたらしい。


そうだよね……奈央クンからキスをせがんだことなんて、一度も……。


「それより、腕」

「うで……?」


こっそり肩を落とした直後、彼は器用に夏杏耶の袖をまくり上げる。


キスには及ばなかったのに、上からかかるため息も、肌を伝う長い指も、どうしてこんなにドキドキさせてくるのか……。


奈央クンって、本当にずるい。


「怪我してんなら、早く言え」


ほら。些細な違和感にも気づいてくれるところも、本当に。