【完】片手間にキスをしないで



「ひゃはっ、痛かった?」

「……」

「ねぇねぇ、痛かった?」


逸らしても逸らしても、まとわりついて来る視線。夏杏耶は自分の血を呑み込んで、唇を噛みしめた。


痛くない……こんなの全然、痛くない。奈央クンが負った傷に比べたら、全然。


「ふーん……へぇ。意外と我慢強いね。つまんなぁい」

「どういうつもり、ですか」

「うん?」

「こんなところに連れ込んで……どうして、っん、ぐ」


片手で両頬を強引に掴まれる。無理に上を向かされた夏杏耶は、苦しみの中で声にならない声を上げた。


「ほんと、うっさいなァ。気に入らないなァ、その眼」

「……ぅ、っ」

「苦しい?苦しい? いいよ。もっと苦しもう……ね。だから、そろそろ出て来てもらおうか」


寒暖差の激しい口調に、いっそう予断を許さない。この狂気に満ちた瞳を映すだけで、肩が竦む。


それでも壊れずに堪えていられたのは、愛おしい恋人の表情を幾度も思い浮かべていたから。