【完】片手間にキスをしないで



鼻を突く匂いはもちろん、差し込んだ明かりに晒されたイーゼルと画材が、夏杏耶にそれを確証させた。


問題は〝どこの〟美術室あるいはアトリエなのか。


「……」


こんなとき鮎世が居たら……きっと、わずかなヒントから紐解いてくれるのに。


「さーて、そろそろ時間切れだけど。解った?……まぁ、それどころじゃないかなぁ」


巡らせている間にミャオは近くまでやってきて、夏杏耶の腕を結ぶ紐に、わざとらしく手を掛ける。


「……アトリエ」

「僕が訊いてるのは場所だよ、場所。それじゃあ可算名詞だよねぇ」

「……どこかの、学校の、」

「うーん、惜しいなぁ。ま、でも───残念」


パシンッ───!!


ミャオが放った直後、乾いた音が反響する。


覚えたのは、痺れるような頬の痛みと、口内を巡る鉄の味。


「……え、」


自分の頬が(はた)かれたことに気が付いたのは、反動で伏した視線の先で、ミャオが笑っているのを見た後だった。