【完】片手間にキスをしないで



選択教科の美術で、一度使ったことがあるから覚えている。キャンバスを固定するのに使うスタンドだ。


ただ、授業で使っていたものよりもサイズは大きくて、教室中にまばらに配置されている。


あ……そうか。さっき頰に走った痛みは、散らばっている木くずのせいで……じゃあ、ここはもしかして———


夏杏耶は床に伏していた頭を起こし、逡巡する。同時に立とうと試みるも、


「……ッ」


ほとんど力が入らない。


おそらく、口を塞がれたときにかがされた、ツンとした臭いを発する薬品のせいだ。


次に同じようなことがあったら肘打ちでもなんでもして、絶対いいようにさせないって決めていたのに。


実際はピクリとも動かなかった。


腕も素早く固定されて、その力には全く敵わなかった。


───『ごめんね……カーヤちゃん』


……そういえば、あの声……意識が途切れる前に、鼓膜を伝った柔い声。


あれは───ガラガラッ。


記憶の糸を辿る寸前で、部屋の引き戸が開かれる。


月明かりを背景に佇むそのシルエットを見据え、夏杏耶は喉を鳴らした。