【完】片手間にキスをしないで


あまりにも淡白すぎないかな……もう少し、その、かしこまった方が……。


広い肩幅に慄きながら、夏杏耶は恐る恐る視線を持ち上げる。でも、それは杞憂だったようで。


「へぇ!いいじゃねぇか。若者同士、仲良くやれよ~。ま、あんまお盛んなことはしなさんな」


大将は腰に手を当て、ガハハと笑う。


お、お盛んなことってそんなぁ……と、照れていたのは夏杏耶だけ。奈央は冷静沈着を全うして続けた。


「あのさ、これは俺の邪推なんだけど」

「おう、なんだ?」

「ババァからなんか聞いてただろ、大将」


今度も分かり易く顔を歪ませる大将。体格と顔は少し怖いけど、リアクションは素直で、少し愛らしかった。


「奈央はほんっとに目敏いなぁ。参るぜ俺も」

「ハァ……やっぱそうか」

「いや、俺も姐さんに聞かされたのはつい最近でよぉ」

「だからって、俺に黙ってんのはちげぇだろ」

「あー、まずいまずい。まだ火通してる途中だった」


無理に話を変え、及び腰で厨房に戻ろうとする大将は「あっ、そうだ」と思い出したように振り返る。


「名乗り忘れてたな。俺は鮫島(さめじま)。なんか困ったことがありゃ、いつでも頼っといで」


そして、最後に笑顔を携えた。