【完】片手間にキスをしないで



階段裏から伸びる灯り。それは裏口の曇りガラスから漏れていると、夏杏耶はすでに知っていた。


カラカラカラ───……


「……」


少しだけ。少し、覗くだけ。


今までなら「バレたら奈央クンに叱られる」と案じていたから絶対にしなかったけれど、今日の自分はなぜか無敵に思えて。


両想いの恋人って、根拠のない自信と無謀なパワーに満ち溢れているものなのね……と、心の内でこっそり惚気た。


「奈央クンは……」


どこだろう。


思い伏せながら、わずかに開けた隙間から覗き込む。



すると、慣れないアルコールと煙草の香りが、遠慮なく鼻腔を刺激する。


週中にも関わらず、騒がしい店内。忙しなく厨房と洗い場とホールを行き来するスタッフ。


奈央の姿が見えたのは、視界を塞いでいたスタッフが捌けたあとだった。


「いらっしゃいませー」


言いながら入口に目配せした後、彼は再び視線を手元に落とす。あまりにも真剣な横顔に、夏杏耶は喉を鳴らした。