「ごめんね、奈央クン……でも私、ちゃんと綺麗に片すから!」
「当たり前だ」
「えへへ……奈央クン大好き」
「ああもう、うるせぇ……」
幸せだ。幸せすぎる。
ズクンッ───と疼いた腕の痛みにも気付けないほど、夏杏耶は浸っていた。
───「大将ー、今いいっすか」
〝さめじま〟と書かれた居酒屋の暖簾を潜ると、煙と慣れない焼酎の匂いが鼻孔を突く。
一方、奈央は慣れた様子で、カウンターを挟んで向かいの中年男性に声を掛けた。
綺麗に剃られた頭に、つぶらな瞳。あと、腰に巻かれたエプロン紐に、ずっしり乗っかるお腹。
「おう、どうかしたかぁ?」
裏からやってきた大将の、そのお腹を見据えながら、夏杏耶はおもむろに頭を下げた。
「泉沢夏杏耶って言いますっ。あの、今日きゃら奈央グンの……!!」
「お前はいいから、ちょっと落ち着け」
勢い余って噛んだところ、容赦なくチョップをお見舞いされる。
「で、一応報告。こいつ、家に居候することになったから」
そして代わりに奈央は、流れるようにそう告げた。



