【完】片手間にキスをしないで


──────……


「ハァ、ハァ……ッ」


息を切らしながら、奈央の家の前に着いた頃。木造建て1階の提灯は、オレンジ色に灯されていた。


「平気か、息」

「うん……大丈夫」

「悪い。完全に自分のペースで走ってた」


言いながらも、少し息の上がっている彼を見上げて、本当は必死で逃がしてくれたんだ、と胸が呻く。


それに、ずっと手を握ってくれていた。


本当は怖くて仕方なくて、ひんやりと冷えた指先を、包み込んでくれていた。


……これ以上、好きにさせないでよ。また、諦められなくなっちゃうじゃん……一緒に住むこと。


夏杏耶は息を整えながら、ほんのり汗が浮かんだ彼の額に向けて(色っぽい……‼︎ 好き〜〜っ!!)と心の内で叫んだ。


「もういいか?行くぞ」

「え、行くってどこに……」

「……挨拶だよ」

「何の?」


左右交互に首を捻る夏杏耶に、奈央は大きく息をつく。


「家主に挨拶。住むんだろ、これから」


……え、え、え……?